V.G.の逆襲〜ざ・りべんじ・おぶ・ぶぃじぃ〜



プロローグ 牛乳大戦争


 昼下がりの、どこにでもあるような一般家庭のリビングルーム。
 そこで、どこでにでもいそうな女子高生が熱く語り合っていた。
 進路の話だろうか。それとも恋の話だろうか。はたまた人気ドラマの話なのだろうか……
「だ〜か〜らぁ〜〜、やっぱり風呂上りにはコーヒー牛乳だと思うわけよ!!」
 ……風呂上りの牛乳談義とは、年頃の娘にしては随分と色気の無い会話ではある。
 熱弁を揮っているのは八島聡美、都立T学園の二年生である。
 両親を交通事故で亡くし、学費と生活費をバイトで稼いでいる。
 割と切ない人生だが、本人は気合と根性で乗り切っている。
 いわゆる熱血直情娘。直情すぎて危ない面有り。
「……い、いや、そんな力説されても……」
「まあ、百歩譲って生牛乳(なまぎゅうにゅう)は許すわ。……でも、フルーツ牛乳は邪道ね」
「ええー!? ……ボク、フルーツ好きだけどなぁ」
 いささか押され気味に答えているのは同じくT学園に通う武内優香。下級生や同級生に慕われる爽やかスポーツ少女。
 主に同性に慕われている辺りが余り爽やかでない気もするが、それは気のせい。
 正義感が強く、自分のことを「ボク」とか言っちゃう辺りがオススメ。あと巨乳。
「うそぉ! 信じられない。優香ってば、やっぱ変わってるわ。変人だわ」
「フルーツ牛乳で変人扱いされちゃ、たまんないよぅ」
「なんでそんなにフルーツが好きなのよ!」
「い、良いじゃない、別に」
「はは〜〜ん」
「?」
 いかにも“真犯人を見つけた”と言う様な顔とで、聡美は優香の胸の辺りをビシっと指差した。
 きっと気分はじっちゃんの名にかけたりする人だろう。
「その乳はフルーツで育てたか!」
「な、な、何を真顔で言ってるの」
「おお? 赤くなりおったな? 怪しい怪しい」
「怪しいのは聡美の頭の中!」
「む、失礼な。この灰色の……なんだっけ?」
「知らないわよっ」
「灰色の単細胞だっけ? まあ、そんな感じよ」
「単細胞じゃダメじゃないっ」
「……細かいことを言いなさんな。……あ、そうだ、そこまで言うなら決着を付けましょうよ、優香」
「……決着? 何を?」
「コーヒー牛乳とフルーツ牛乳の決着よ。……おーい、大介ェ」
 隣で寝っ転びながら『★をみる人』をやっている弟を、聡美は肘で突いた。
「なんだよぅ」
「ファミコンばっかりやってんじゃないの! ……それに、アンタそのゲームもうクリアしてなかったっけ?」
「してないよぅ。いっつもクリア寸前で姉ちゃんがデータ消すんじゃないかよぅ」
「そ、そうだっけ?」
 彼の名は八島大介。聡美の弟で小学六年生。
 いつも姉にひっついて優香の家に遊びに来ては、テレビゲームで遊んでいるちゃっかり者である。
 貧乏な八島家にはテレビすら無いのだから仕方ない。
 優香の家のゲームはあらかたクリアしてしまい、残るは『★をみる人』だけとなったようだ。
「このゲーム超むずかしーんだぜ。『バツ&●リー』より難しいんだから」
「アンタ、運動はからっきしなのにゲームだけは上手いわねぇ」
「ねーちゃん、ドヘタだもんな」
「うるさい!!」
「まあまあ……本当の事じゃない、聡美」
「…………アンタの“素の一言”が一番傷付くわ」
「同じゲームばっかりやらせてゴメンね大介君。今度、『シャーロック・ホームズのゲーム』買ってくるから」
「う、うん」
「それとも『四国を巡礼するゲーム』のが良い?」
「いや……お遍路はしたくないかな……ハハハ……」
 どうも優香ねーちゃんのゲームの趣味は悪いと思う大介だが、世渡り上手な彼はそれを口にしないのだった。
「……って、そうじゃなくて勝負よ! 勝負! ……ねえ大介」
「え? 俺?」
「風呂上りにはコーヒー牛乳とフルーツ牛乳どっちが飲みたい?」
「へ? ……うーーーん……」
 生意気に腕を組んで考えた後、大介は呟いた。
「コーヒー牛乳かなぁ」
「やりぃ! ねえ、聞いた優香? ……どうやらこの勝負は私の勝ちのようね!」

 八島聡美WON!

「え?」
「こうして“風呂上りにはコーヒー牛乳”ってことが証明されたわけよ!」
「いやいや、それはズルいよ聡美ぃ」
「フッフッフッ……勝ったわ……ついに優香に勝ったわ!」
 何を思ったか興奮して立ち上がる聡美。
「苦節ウン年……遂にライバルに勝ったわ! ハッピーエンドよ!!」
「ちょっとぉ、何を盛り上ってるのよ?」
「素直に負けを認めなさい!」
「ま、まあ、確かにコーヒー牛乳の人のが多い気もするけど」
「そうそう」
「周りを見てもフルーツの人が少ないなぁ、とは薄々思ってたんだけど……(ブツブツ)」
「……さて、敗者には“おしおき”するのがV.G.の定めよね……」

【V.G.一口メモ】
 説明しよう。V.G.とは、負けた選手がいろいろとアレされる競技である。なにをされてしまうかはおとうさんやおかあさんにきいてみよう。これはぼくとのやくそくだ!

「……今のアレってV.G.だったの!?」
「紛れもなくV.G.よ」
「そんなV.G.は無ぁぁ〜〜い!!」
「往生際悪いわねぇ」
「え、ええ〜〜」
 根が素直な優香だけに、往生際が悪いと言われるとヘコんでしまのであった。
「……おしおきは嫌だなぁ……」
「耳まで赤くしちゃってかわいわね、優香。ウフフ……さぁ〜て、何をしてもらおうかしら……」
「まさか本気なの?」
「V.G.である以上、おしおきしなければ読者も納得しないわ!! これは必然なのよ!!」
「ちょっ、まっ、聡美! 落ち着いて! 大介君も居るんだし……」
 その大介君は後ろを向いて知らないフリをしつつ、固唾を呑んで息を潜めていたりする。やけに前傾した姿勢で。
 と、その時……
 
 グワラゴワガッキィィン!

 複雑な音を立てて部屋の窓ガラスがぶち抜かれた。同時に室内に丸まった『何か』が飛び込んでくる。
「な、なんだアレ!?」
 大介が前かがみで叫んだ。
 その『何か』は、しばらく床の上で回転していたが、ピタリと動きを止めた。
「……ま、ま、……まなみちゃん……で……す……」
 それは目を回した楠真奈美であった。





第1章 祭り!

「……というわけで、ついに真奈美ちゃんは“ぐらんどしぇいぶごろごろあたっく”を身につけたんや」
「グランドっていうかアンタの頭がシェイブされてるわよ!」
「そのかわり地面も削ってやったからアイコなんや!」
「何の勝負してるのよ真奈美ちゃん……」
 しばらく頭の上にヒヨコやら星やらを飛ばしてフラついていた真奈美は、やっと落ち着いて喋れるようになったらしい。
 楠真奈美、県立K女子高等学校の1年生。
 天真爛漫、天然ボケという言葉を超越した世界に生きるネジ外れ爆弾特攻娘。
 謎の方言で喋る。いや、作者が方言は苦手とかそーゆーことでは(以下略
「ふぅ、真奈美ちゃん家から飛んで来たから目が回ってもうてん」
「……アンタ、その技使うの止めたら?」
「回るのが真奈美ちゃんのアイデンティティーなんや。これは捨てられへん!」
「ばんざいあたっくの時は回ってないじゃない」
 部屋の時間が数秒止まった。
「う、うう……まだ修行が足りんのや……」
「泣かないでも良いでしょ! ……で、何しに来たの? まさか優香の家を壊しに来たわけじゃあるまいし」
「そんなことされに来られちゃたまらないよぉっ」
「大変なんや」
「大変? アンタの大変って『1,000円落とした』とか『夏休みの宿題終わってない』とか、その程度だもんなぁ」
「違うねん。今度ばっかりは大変やねん」
「あんなあ……〔はだわい〕さんのエロい人のところで戯画祭りが開かれてん」
「戯画祭り?」
「なんでも戯画さんの作品の二次創作を募集する祭りなんやけど……」
「ところで何でエロい人なの?」
「……それは聞かない方がええねん」
「なんで?」
「ボツになってまうで」
「…………うん。ボク、もう聞かないよ」
「聞かない聞かない。全然興味無いわ! 裸にYシャツが大好きな人のことなんて!……っていうかむしろ、優香がおしおきでその服装をするってのはどう?」
「やらないっっ!」
「いや、もうそれはええねん。実はな、大変なことっていうのは……」
 精一杯、深刻な顔を作ろうとする真奈美。
 作画的には眉間に皺が二本入るぐらい。
 ややあって、真奈美は息を吐き出すようにして漏らした。
「……ウチら呼ばれてへんねん」
「へ?」
「……いや、だからウチら扱われてへんねん」
「な、なんだってー!!(AA省略)」×2
「……風の噂に聞いた話だと、未だ投稿がゼロとか言うとったわ」
「なんて具体的な噂……」
「許せないわ!」
 聡美の拳が握り締められ、いつのまにかプスプスと煙を上げている。
 そう、聡美は炎を操ったりしちゃう娘なのだ(原理は不明)。
「最近どーーーーも実入りが少ないと思ったら……仕事を干されていたなんて……」
「ここんとこ木●さんも戯画の仕事してへんしなぁ」
「私の家にいまだにテレビが無いのも! バイトの時給が上がらないのも! 近くの銭湯の値段が上がったのも! 大介が『はえてない』って学校でいじめられるのも! ……全部、そのせいだったのねっ!」
「い、いや、聡美……ボク、そういう問題じゃない気がするよ……」
「ねえちゃんっ! ドサクサに紛れて何言ってんだよっ!!」
「許せないわっ!」
「ちょ、ちょっと聡美、昔のゲームなんだからしょうがな……」
「私が貧乏なのも、貧乳なのもそのせいだったのね!!」
「違う、それ全然違う」
 額に汗を浮かべながらフルフルと手を左右に振る優香を無視して、聡美は咆哮した。
「うおおおおおおおおぉぉぉ……」
 ゴゴゴゴゴゴ。
 聡美の背中からドス黒いオーラが噴出する。

【V.G.一口メモ】
 八島聡美は怒りが頂点に達すると──黄金の戦士にはなれないが──なんだかあんな感じやそんな感じに変化するのだ! ……ホラ、大体そういう役だったと思わん?

「ブラック聡美降臨!!」
「自分で言ったーーー!!」×3
「こうなったら優香、他の作品に挑戦するわよ。ふしゅるー」
「えっ、えっ、それどーいうこと?」
「他の作品のキャラクターを倒せば、また私達の時代が来るっていうことよ」
「……それは解決になっていないというか、的外れな気が……」
「アナタ勝負に負けたんだから、従いなさいよ!」
「え、ええーーっ!? まだ引っ張ってるのぉ!?」
「……ふぅーーーん。なら、“おしおき”のが良いって言うの? ……それでも字数稼げるからいいんだけど……」
「それは困るぅ」
「……じゃあ、早速ワイシャツいっちょになってもらいましょうか……」
 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべながら、にじり寄る聡美。ひきつる優香。
 後ろでファミコンをしていた大介と真奈美の二人も、いつのまにか耳をそばだてている。
「……どうしてやろうかしらね、そのフルーツ牛乳で育てた不埒な乳を……」
「育ててません!」

 さとみは したなめずりをした!
 だいすけは なまつばをのみこんだ!
 まなみは ようすをみている!
 ホフマンは ちからをためている!(誰

「……ううう……分かったわよ……」
 ゆかは こうさんした!
「さすが優香、話が分かるわね」
「……ちぇっ、分かりすぎるよ」
「読者のニーズを分かってへんで」
「……ん? 大介なんか言った?」
「……い、いや。……次の町が見つからないなぁ!! と」
 諦め顔で優香は呟く。
「もう、しょうがないなぁ聡美は」
「何を言っているの! これは私達が返り咲くチャンスなのよ!!」
「はいはい」
「さあ、我等こそ戯画ということを見せつけてやりましょう!」
「……ところで真奈美ちゃん。試しに聞くけど、お風呂上りに飲むならコーヒー牛乳とフルーツ牛乳どっちが好き?」
「真奈美ちゃんはフル……」

 グワラゴワガッキィィィン!!

 聡美の戦慄の左ハイキックが、空を切り裂いて真奈美の側頭部にヒットした。
「わひぃ〜〜 ま〜たらいしゅう〜〜〜」
 キラーン
 真奈美は来た時と同じ速度と回転で窓から空へと消えていった。
「け、蹴ったよう、蹴ったよう、このひとぉ」
「……さて、出撃の準備よ、優香」
「いま、いま、真奈美ちゃんがフルーツ牛……」
 一縷の望みにかけて訴えてみる優香。
「真奈美? 誰のこと? そんな娘いなかったわよね?」
「ひぃ」
「……無かった事にしましょう……ね」
「……」
 口から火をチロチロと吐きながら、笑っていない目で凄絶な笑みを浮かべるブラック聡美。優香は黙って従うしか無かった。





第2章 調査!


「さて、どこに出撃するかなんだけども」
「ええと、戯画の歴史を調べてみるね……」
 あまり使ったことのないPCを立ち上げ、検索を始める優香。
「うーーーん……『スチーム・ハーツ』なんかどう、聡美?」
「それは行かなくても良いわ」
「なんで?」
「だって、どうせそれも(以下略」
「なんだか分からないけれど、多分とっても不穏当な発言だよぅ」
「大丈夫、たぶんここカットされるから」
「こ、こわいよぅ」
「さすがに他の惑星とか、他の世界は行くのが大変だわ。……ってことで『ハーレム・ブレイド』もパス、と。なるべく近くにしましょうよ」
 色々検索していた優香が〔とあるゲーム〕を見つける。
「これなんかどう? 『○○○○○○○○○』」
「……これ、全部伏字でお願い」
「誰に言ってるのよ、聡美」
「い、いや、それは良いのよ。それは止めておきましょう……」
 急に伏目がちになる聡美に、優香が容赦なく突っ込む。
「なんで? なんで?」
「いや、あの……決して、立ちグラフィックに騙されて買った人がいるとか、○○さんは一枚も描いてないとか、怒りの余り友達にあげたとか、そーゆう話ではなく! 決して!!」
「なんで? どーしたの、聡美らしくないよ?」
「でぇい!」
 ガスッ!
 聡美の当て身が炸裂し、優香は昏倒した。
 薄れゆく意識の中で、優香は“触れてはいけない歴史”に触れてしまったことを感じていた……。

【V.G.一口メモ】
 君も『○○○○○○○○○』のことは忘れよう! ボクとの約束だ!──ホフマン(だから誰)



 ……目が覚めると、聡美がPCを操作していた。
「アラ、おはよう優香」
「お、おはよう……」
「もう忘れたわよね?」
「ハイ、忘れました、サー」
「Bullshit!! よろしい。さてさて、良いターゲットを見つけたわよ、優香」
「本当?」
「ええ。このPCを駆使して、優香が秘密に収集していたお宝画像などを検分しつつ見つけたわ」
 傍目にも分かるぐらい顔が青ざめる優香。
「……収集してないっ! ボクそんなことしてないよぅ!」
「電子機器オンチな癖にPC買ったのは、こういうわけだったのね……とか親友の性癖について思いを馳せつつ調査したわけよ」
「してないっ、してないっったらぁ!!」
「なによー。往生際悪いなぁ。……じゃあ、どうやって説明するのよ、このヨン様……」
「奥義! 究・極・鬼・吼・弾ッッ!!!」

【V.G.一口メモ】
 武内優香の最大奥義の一つ。体中の“気”を集結させ、両手から……(中略)……大気中の気脈に通じ……(中略)……つまりビーム。手からビーム。超ビーム。

 ビビビビビビビ〜〜ッ!

 豪快なハレーションと共に放出される大量のビーム成分が、聡美を吹き飛ばした。
 ──優香の部屋の壁とPCごと。




「げほっ、げほっ」
 もうもうと立ち込める煙の中から、聡美がユラリと立ち上がった。
「……分かったわよ、そこまで言うのなら、見なかったことにしてあげるわよ」
「う゛〜〜〜」
「と、それよりPCが壊れちゃったわね」
「うう〜、ボクのPCがぁ〜〜」
「形あるものはいつか壊れる。仕方が無いわ優香」
「う゛う゛〜〜」
「いつまでも唸ってないの。……と、それより大介が気絶してるわね」
 哀れ、大介はビームの引き起こす衝撃波で失神していた。
 意識を失いながらもファミコンのコントローラーを離さない辺りは筋金入りのゲーマーと言えるだろう。
 残念ながら画面はフリーズしていた。
 ファミコンは水に弱い、風に弱い、そして衝撃に弱い〜〜〜ッ【アパッチ風】
「まぁ、いいわ。部屋も壊れたことだし、さっさと目標に向いましょう」
「ううう〜」
「大体、これ全部優香が壊したんじゃないの」
 その通りである。
 いや、窓は真奈美だが。
「分かったわ。……分かったから画像の事はどうか内密に……」
 必死に聡美の両手を掴みながら頭を下げる優香。
 その時、聡美の双眸が“新世界の神”のように濁り、ドス黒く輝いた。
「……分かってるわよ……私達、親友じゃない、ねえ、優香?」
「ううう〜」
「だから、協力してくれるわよね。私の“天誅”に?」
 いつから天誅になったのか。
「……うん」
「よし、決まり! さて、そうとなったら早速乗り込むわよ!」
「ちなみに、どんな相手なの?」
「私達と同じく『対戦格闘ゲーム』のキャラクターよ」
「えっ! ……って、もっと『パルフェ』とか『ショコラ』とかを狙った方が……」
「いいのよ。……っていうかギャルゲーのキャラを殴ると色々とうるさいし」
「腹黒ッッ!」
「『拳で分かり合える』ってのがあるでしょう? つまり当たって砕けろよ」
「……ボク、砕けたくないなぁ」
「敵はPS2にまで進出しているのよ! 破廉恥だわ!」
「ボクらPS止まりだもんねぇ」
「そう、許せないのよ! さあ、殴り込みをかけるわよ!!」
 メチャクチャになった部屋と、ぶっ倒れる大介を放置したまま、二人は自転車に乗って颯爽と出かけたのであった。





第3章 潜入!


 それから数時間後。
 自転車でとある施設に乗り付けた二人は、いそいそと戦いの準備を始める。
「さ、変装のためにこのマスクを」
「マスクかぁ。悪者っぽいなぁ」
「顔バレしたら大変よ、優香。ネットで荒らされちゃうんだから」
「……なんだか分からないけど、それは大変そうだね」
 渋々承知した優香は、聡美に手渡されたマスクを見るなり絶叫した。
「変態!!」
「……なによぉ。優香には蝶・格好良い方を譲ってあげたんだからね」
「蝶・格好良いっていうか、……パピヨンだよこれぇ」
「格好良いじゃない。よく言うでしょ、『蝶のように舞い、蜂のようにサバイビー』って」
「サバイビーは言わないと思う」
「まあ、そんな感じの格闘家の言葉が有ったじゃない。つまりそんな感じで蝶といえば格闘家なのよ」
「そんな適当な……」
「文句言わない! さて、あたしも……」
 いそいそと学生服、白いハチマキ、黒いグローブなどを身に付け始める聡美。
 男装した女性応援団員、というようにも見えるがどちらかというと……
「へっへっへ、萌えたろ?」
「あっ、自分だけマトモな格好! ズルいよ聡美……っていうか、マズいよそれ……」
「大丈夫! 最近向こうはジャケット着たりしてるから!」

 大丈夫なわけはない。

「とほほ、こんな格好見られたら逮捕だよぅ」
「そんなら、『黒いの』とか『白いの』もあるけど?」
「……これでいいです」

 物分りが良いらしい。

「そろそろ襲撃をかけるわよ。いや違った、天誅の時よ」
「随分と町から離れたけど……ここ、どこなの聡美? なんだか緑色の建物がたくさんあるけど?」
「ここに『バルドフォース』のキャラクターがいるらしいのよ。FLAKっていうテロ対策軍の本部なんだけどね」

 こともなげに言う聡美。

【バルドフォース 一口メモ】
 ……余り突っ込まないで下さい。いやマジで。キーボードは無理。

「て、テロ対策!? ……そんなところ攻撃したら、明らかに私達がテロリストになるじゃない!!」
「大丈夫。いくらなんでも本部を襲うようなバカなテロリストはいないわ。……だから、私達も大丈夫ってわけよ」
「そそそ、そんなわけないでしょ! テロリストとして始末されちゃうわよ!」
「……そうかな?」
「……そうだよぉ〜」
「……そうかも」
 気まずい沈黙。
 ややあって、聡美はニッコリと微笑んだ。
「ま、なるようになるでしょ。こっちにはV.G.優勝者の優香がいるんだし。とにかく、このゲームのキャラを狩りましょう」
「“狩る”って……。とほほー」
「大丈夫よ。向こうも格闘ゲーム、こっちも格闘ゲーム。ならば勝負はタイだわ」
「テロ対策ってのが気になるなぁ……」
 手近な建物に向って歩き出した二人は、突風を受けてよろめいた。
 ゴォォォ!
 ジェット噴射の轟音と共に、鉄の塊が飛来した。
 巨大な『それ』は二人の前に地響きを立てて着地する。
 余りのことに腰を抜かして地面にへたり込む優香。
「……って、聡美ぃぃ! ロボットがいるじゃなぃぃ!」

【バルドフォース 一口メモ】
 本当は〔シュミクラム〕と言うらしいが、無学な二人(及び作者)が知る由も無かった。。

「あれ、言わなかったっけ?」
「対戦格闘って……まさか、ロボット格闘!?」
「ふんどし男もデコ姫もいないけど、その通りよ。優香……アンタ、V.G.優勝者なんだから気合でなんとかしなさいよ」
「ろ、ロボは無理ッ! ……っていうか気合って!!」
 ぎゃあぎゃあ喚く二人の目の前にパワードスーツが砂煙を上げて滑り込んで来た。
 拡声器から威圧的な声が流れ出、同時に機銃が二人に照準を合わせた。
「そこの二人、止まれ! 両手を上に頭の後ろに組み、地面に伏せるんだ!」
 ──その頃、FLAKの管制室は大騒ぎになっていた。
 突如としてミッション中の透の前に、男女のカップル(?)が出現したのだ。
 FLAK始まって以来の衝撃である。
 何が驚いたって、透は〔電脳空間〕でミッション中だったのである。
「一体なんだ!? 新手の〔ワイアードゴースト〕か!?」
「データバンクには全く存在しません!」
「透! 気を付けて!」
「分かってるさ……話してダメなら〔クルード〕にやるさ」
 言いながら、透は背中にびっしょりと汗をかいていた。
 一方、パワードスーツを前にしてビビっていた聡美と優香だが、すぐに気を持ち直した。
 さすがはV.G.出場者である。
「どうやら戦わなきゃいけないみたいね」
「銃が付いてるし、強そうだよぅ」
「大丈夫! ……さあ行きなさい、優香!」
「……って、ボクゥ!?」
 聡美に押されて前に出された優香。
 いくら武術を極めた彼女と言えど、鋼鉄の巨人を前にしては腰も引ける。
「ごめんなさい。……ちょっと、倒させて貰うよ」
「な、なんだと!?」
 透の方は慌てるどころの騒ぎでは無かった。
 一体何なんだ、この少女は? 幽霊やAIとは思えない生々しさがある。
 それに、この変なマスクは何だ。まるで変態じゃないか。俺はこんなヤツと戦わなきゃならないのか。涙が出そうになる。
「新手の〔フェタオ〕か!?」
「ふぇたお? いやぁ〜〜、……ボク、武内優香と言いますぅ」
「ばかっ! アンタ、答えてどーすんのよ!」
「あ、そっか」
「そっかじゃないでしょぉ〜〜!!」
 データベースを照会していた管制室から、透に通信が入る。
「分かったわ、透。武内優香、あの『V.G.』の優勝者よ」
「???? ……いや、そう言われても……彼女はプログラムなのか? それとも生身なのか?」
「そこまでは……」
 口を濁すオペレーター。まさしく前代未聞の出来事である。
 透は試しに聞いてみることにした。ヤケクソとも言う。
「……君はどこから来たんだい?」
「へ? ボクですか? いやあ、ちょっと隣町から」
「……君はプログラムなのか?」
「いえ、“空手”です」
「…………」
「あ、でもでも、自分流にアレンジして使ってるんですよ。それでV.G.には優勝しました」
 外部マイクを切って、管制室に告げる。
「……どうやら、彼女は武内優香本人のようだ。まったく、わけが分からん。一体何がどうなっているやら」
「それも聞いてみたら?」
「そうだな」
 深呼吸して、再びマイクのスイッチを入れる。
 無論、外部拡声器も、通信も、全てはプログラム上のことだ。少なくとも今まではそうだった。
 リアルとサイバーはあくまでも別物だった。混乱する頭を抱えながら、彼は質問を再開した。
「……どうやってここに来た? この場所は最高レベルの機密だし、何重にも〔防壁〕でプロテクトされている。並のハッカーなら近付くことはおろか、検知することすらできない筈だ」
「ど、どうやって、って言われても……」
 諦めたのか、彼女は悪趣味なマスクを外した。
 下から現れたのはなかなかの美少女である。
 しばらく悩んでいたようだが、100万ボルトの微笑みと共に、ハッキリと質問に答えた。
「ええと、自転車で!」
 ──サイバースペースの透を含め、管制室のFLAK隊員全員がズッコけたのは言うまでも無い。





第4章 決戦!

「じ、自転車ぁぁ〜〜!!??」
「いや〜〜、ははは、ボクも良く分からないんだけど〜〜」
「……」
「というわけで、ボクと勝負してください!」
「……」
「……ね?」
「……そ、そ、そんなワケの分からん勝負ができるかぁぁ!!!!」
「え、ええ〜〜。それは困るなぁ……」
 後ろにいた聡美が、ズイっと前に出る。
「ああ〜〜、もう、優香じゃいつまで経っても話が進まないわ。しゃあない、コイツは私が始末するわ」
「始末だと!?」
「……いきなり火焔斬ッッ!!」

 ズバッシャァァァ!

 不意を討たれた透のシュミクラムは、聡美の腕から発せられた炎の刃で、左腕を真っ二つに切り落とされた。
「ちぃっ、仕損じたかっ!」
「ぐわっ、マジか! なんて破壊力だ……アラート・レベル5! 至急、応援を寄越してくれ!!」
「……上等。その方が手間が省けるってもんよ。ねえ、優香?」
「そうだね!」
 戦うことが趣味なだけあって、こうなってしまえば意外とノる娘である。
 数秒後、あっと言う間に多数のシュミクラムがログインして来た。
 透の機体が先頭になり、聡美に向って猛然と突進してくる。
「V.G.優勝者だかなんだか、知らないが、俺は幽霊なんて信じないんだよぉ!」
 一斉に発射されるガトリングガン。
 ザザーーーッという鈍い発射音が轟く。
 だが、聡美はそれを避けるどころか前方に突っ込んで行く。
「……!? こいつ!」
「甘いッ! 必殺 回転受け身ッッ!!」
 無数に発射される弾丸を転がって避ける聡美。
 どう見ても被弾しているように見えるが、それは気のせい。瞬く間に機体の足元に辿り着く。
「か、かわしただとォォ!」
「……そして大足払い!」
 豪快な足払いで転倒するシュミクラム。
 ……もはや何が何だか。
「な、生身でシュミクラムを転ばせたというのか!?」
「奥義! 寝てる所に聡美ブリンガァァッッ!!!」
「げぇっ! 回避不能ッッ!!」
「……それインチキだよ聡美ィ!」

【V.G.一口メモ】
 聡美ブリンガー。突進の後、無数の炎をまとった打撃を繰り出して爆裂させる、聡美の超必殺技。残念ながら体力を吸い取ることもできないが、そのかわり倒れた相手には確定で入る場合がある【ハメ】

 バシバシズビズビドガッシャァァァァン!

「まずい、た、退避ッッ!」
 たまらず透のシュミクラムはログアウトする。
 残りの機体が一斉にガトリングを乱射しながら間合いを詰めてくる。
 さすがに多勢に無勢、しかも生身対パワードスーツ。聡美と優香はあっという間に袋小路に追い詰められてしまう。
「……無理っぽくない、聡美?」
「そんなこと無いわ。アナタが本気を出せば朝飯前よ」
「そ、そんなぁ……」
「ほほう……と、いうことは、全世界に公表していいのね? 優香がヨン様……」
「わわわわ、分かったわよぅ。やればいいんでしょ、やれば!」
 向ってくるシュミクラムに構えを取る優香。
「悪く思わないでね、ロボットの中の人たち……」
 裂帛の気合と共に奥義が放たれる。

「奥義! 鬼・龍・韋・駄・天・撃ッッ!!」

 気弾を放ちながら、シュミクラムの群れの中に優香は突撃していった。

【V.G.一口メモ】
 鬼龍韋駄天撃。優香の三大必殺技をもれなくぶち込む最大奥義である。すなわち、まず気吼弾で相手の動きを止め、韋駄天足により体勢を崩し、トドメに蒼龍撃を叩き込むのである。ラーメンで言う“全部のせ”に相当する。多数を相手にした場合は、それぞれの技が何回も繰り返される、ということにしておこう(士郎風)。

 人間離れした動きで迫る優香。
 その予想外のスピードにうろたえるシュミクラム部隊。
 慌ててホバーダッシュで距離を取ろうとするが、それこそ優香と聡美の思うツボであった。
 二人の“気”が凝縮し……(中略)……色々あってビームとなって放たれた!

「行くわよ聡美!」
「うん!」
「……ダブル究極気吼弾ッッ!!」

【V.G.一口メモ】
 そんな技は無い。

 まるでソーラー・レイのような破壊の光の前に、次々に大破するシュミクラムたち。それはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
 ──こうしてFLAKは壊滅した。二人の大いなる勘違いによって。





エピローグ 勇者は振り向かない


 いずことも知れぬ電脳世界の中を、優香と聡美の自転車が並んで走っていた。
「ふぅ〜〜、なんとか全部やっつけたね」
「これでPS3ではきっと私達が出るに違いないわ!」
「……そうかなぁ」
「そう!」
「う、うん。そうだよね、きっと」
 夕日(もちろん電脳夕日)に向って走り出す二人。
「キレイな夕日だね、聡美」
「なんだか三時間ぐらいずっと夕日のような気もするけど、そうね、優香」
「ボク、お腹空いたよ。早く帰ろ。……ところで、帰り道はどっちかなあ、聡美?」
「……さぁ」

 ……尚、この活躍(?)が効いたのか、後に武内優香は『デュエルセイヴァージャスティス』に参加を果たす。参加できなかった聡美がどれぐらい暴れたかは……読者の想像にお任せするとしよう。





作者コメント


 V.G.の投稿が全然無いと聞き、これはいかん! と一念発起して投稿しました。よろしくです

Written by 相座武(あいざたけし)