ある日の出来事








「え〜っと、なんでこんなことに……」






ファミーユの店員とキュリオの店員が、営業の終わったファミーユ店内のテーブルに座って雑談をしながら俺を待っている。
まあ、明日は両店とも休日だから構わないんだが、だがしかしっ。

「仁〜、まだ〜?」
「少しは我慢しろ由飛、もう少しだ」
「え〜、もうまてないよ〜」
「こら由飛っ、お皿をスプーンで叩かないのっ」

ほっぺた膨らましてお皿を叩く由飛を注意する玲愛の言葉は、さほど効果無い。






話は数時間ほど前に戻る。
閉店まで後少しと言う時に、お客さまのいなくなった店内で仲良く話していた
花鳥姉妹が事の発端だった。

「え〜、わたし食べたこと無いよ〜」
「そうなんだ、美味しいんだから、仁の」
「ずるいよ玲愛ちゃん、独り占めなんて〜」
「そんな事言われても、あの時はしょうがなかったのよ」
「でもっ、でもでも〜」

去年の秋にオープンした大型ショッピングモール『ブリックモール』
中世のヨーロッパの街並みを再現し、その中にあるフードコートで向かい合っている喫茶『キュリオ』と『ファミーユ』はお互いに競い合いながら、繁盛していた。
そしてこの春、そのキュリオから移籍してきたのが元チーフの花鳥玲愛、ぶっちゃけて言えば俺の恋人でもある。
そして話しているのがファミーユの歌姫こと花鳥由飛である。
いろいろと仲違いしていたこの二人だが、俺の尽力もあり今では仲の良い姉妹になっているようだ。
まあ、最近だと俺のことでなにやら張り合っているのが気になると言えば気になるのだが……。

「仁っ!」
「ん?」
「わたしも仁の食べたい〜」
「……主語を入れろ」

相変わらず会話が飛んでいる由飛の言葉だが、客観的にそれを聞いて誤解されたらどうするんだ。
一応、俺の中では女神さま扱いだったのだが、今は……言わぬが華って事にしておこう。

「仁くんっ、今の話はなに?」
「姉さん、誤解するなよ、これは……」
「わたしだって我慢しているのに……じゃなくって、私より先に由飛ちゃんには食べさせるのね!?」
「……姉さん、何か激しく勘違いしてないか?」
「う〜、そんなの姉ちゃん許さないからね〜っ!」
「許すも何もないでしょ、こっちだって意味不明なんだから」

ほらみろっ、ファミーユにはいるんだよ、誤解するパティシエールがここに。
杉澤恵麻、我が義姉ながら重度の弟溺愛は今更ながらどうしようもない。
……まあ、俺も人のこと言えないけどな。
そしてそんな楽しそうな話題を煽る人もいたりする。

「ふ〜ん、仁くんって結構大胆なんだね〜」
「かすりさん、これ以上ややこしくしないように、黙っていてください」
「う〜ん、どう思う明日香ちゃん?」
「てんちょ……最低〜」
「なにゆえっ!?」

今は無いファミーユ本店からの古参メンバーで、中に外にとマルチプレイヤーの涼波かすりさん。
頼りになるのは良いけど、こうやって物事を複雑にしていくことが困ったものである。
そう言えばかすりさんを呼びに行ったとき、かけおち扱いされたのだが、その誤解はまだ解いた記憶がない。
そしてかすりさんの話を聞いて俺のことをジト目で見ているのが、家庭教師をしている教え子の雪乃明日香ちゃん。
もちろんファミーユをここにオープンする時、最初のウェイトレスで彼女の協力があったから今があると認識している。
そのファミーユの良心のはずなのだが、最近小悪魔チックさがだんだんとレベルアップしていて、俺を狼狽えさせることも増えてきた気がする。
そんな場の空気を読めない由飛は俺に詰め寄る。

「と〜に〜か〜く〜、わたしも食べたいの、ね〜、仁ぃ……だめ?」
「だから主語を入れろと言うのに、まあダメって事はないけどなぁ」
「やった〜、じゃあお店が終わったら食べさせてね」
「こ、こらっ由飛、勝手に決めないでよ、お店が終わったら今夜は仁とゆっくり……」
「だめだめ〜、仁がいいっていったもん〜」
「仁ぃ〜」
「うっ……」

こう玲愛の泣き顔は困る、いろいろとあったから少しトラウマかも……。
ああっ、上目遣いは禁止だって言っただろう、そしてシャツの端を掴むな、理性がもたなくなるんだぞ。
今にも抱きしめてしまいそうな衝動に駆られるが、ここはファミーユの店内で営業中だから、理性を総動員して我慢する。
今の俺はファミーユ店長の高村仁なのだ。
……何を今更って突っ込むな。
そしてどたばたしている内に、営業時間が過ぎてしまった。

「さあ仁、約束だから食べさせて〜♪」
「ええいっ、そんな簡単出来るわけ無いだろっ、少しは時間よこせ」
「じゃあその間に別の食べたいなぁ〜、とろっとろのあれが食べたいな〜♪」
「いちいち歌わなくてもいい」
「ぶー」
「由飛、なによ、あれって?」
「半熟オムライス♪」
「お〜、いいね、僕の分もよろしく」
「……なんであんたがココにいる」

さりげなく混ざっていたこのおっさん、キュリオの板橋店長だ。
いつもいつも朝はこちらの朝礼に顔を出し、たまに厨房まで現れたりする怪しいとしか言いようがない。

「あんたの店は向こうだろ、それに今は掃除しているんじゃないのか?」
「僕がいても邪魔だからね〜、それよりも僕も食べたいな〜、オムライス」
「一度出前で食べただろっ」
「いや、あのカトレアくんの似顔絵付きは全部本人に食べられちゃったから」
「て、店長っ」
「と、言うわけで僕にもひとつ……」
「帰れ」
「ちぇ〜、酷いなぁ……」

これ以上ややこしくするな、ただでさえ後ろでま〜姉ちゃんが唸っているんだから、相手にしてられるか。
しかしただでも転んで起きないのがあのおっさんの癖でもある。
ほとんど入れ替わりにやってきたのが、キュリオのウェイトレスだった。

「こんばんは〜」
「瑞奈、それにひかりに芳美まで、なんで……」
「うん、だってこれから玲愛の愛しい人が料理を振る舞ってくれるからって店長が言ってたんだけど?」
「〜〜〜っ!!」
「そんな手で報復してくるとは、おっさんに伝えてくれ、今度きっちり話つけてやるって」
「いいけど、でもたぶん無駄よ」
「ぐっ」
「じゃあ、わたし達の分もよろしくね〜」

なんだかなし崩し的に高村仁料理ショーになってしまったが、今更中止にしたら下克上と暴動が一緒に起こること確定なので、しかたなくシェフに徹するしかない。
まあ、冷蔵庫の中で固まるのに時間がかかるから仕方がない。
せっせとチキンライスを作り、ふわふわのとろとろ半熟オムライスを作り続けた。
……しかし一度に8皿作るのは疲れるぞ。

「「「「「「「「「いただきま〜す」」」」」」」」」
「召し上がれ」

ついでに似顔絵もサービスだ。

「美味しいよ〜、ほっぺたがおちちゃうよ〜」
「卵料理だけは勝てないなぁ……」
「さすが仁くん」
「仁くん、また腕上げたね」
「美味しいよ、てんちょ」
「はー、玲愛って毎日こんなの食べてるんだ」
「いいですね〜」
「羨ましいです」

まあ、好評なので良しとしよう。
この辺りで俺にかなう卵料理はお目にかかったことはない。
で、みんなが食べている間に、ちょっと買い物してこないとな。
自分の分は後でもいいや、冷めたら美味しさ半減だし。

「ちょっと買い物してくる、すぐに戻るから」

蛍の光が流れているブリックモール内を走って、必要な物を買って店に戻ると、里伽子が来ていた。

「よお」
「なんなのこれ?」
「第一回、ファミーユ&キュリオお食事会、かなぁ」
「そう……」

誰か出したのか、紅茶を飲んでいる、なんだか少しむっとしているのは気のせいか?
急いでキッチンに戻ると、オムライスを作って里伽子に差し出す。

「いいの?」
「里伽子の似顔絵も描いたぞ」
「あ……うん、ありがと」

夏海里伽子、ファミーユ創設のメンバーでもあり、切れ者。
今回はウェイトレスは断られたけど、相談相手にはなってくれたし、助けられている。
以前、ちょっとしたことがあって気まずかったけど、こうして話せるようになったのは嬉しい。
……何かあったのかは詮索するな。
さて、本命の為に、シロップも作らないと、由飛が騒ぎ出す前に。

「ほい、デザート」

ちゃんと器に盛って、みんなの前に一つずつ置いていく。
ふるふると震えているプリンは見事な完成度だ、カルメラのシロップも良い色に仕上がっている。

「はぁ〜、しやわせ〜」
「仁くん、姉ちゃん毎日食べたいよ〜」
「絶品だわ、この味は出したこと無いなぁ」
「こっちも美味しいです、てんちょ」
「さすがね、これもお店に出す?」
「うわー、これがプリンなの!?」
「初めて食べました、こんなに美味しいプリンは」
「あー、もう他じゃ食べられないよ〜」
「…………」

よし、俺の勝ちだ。
だけど一人だけ妙な顔をして、プリンを食べている奴がいる。

「ねぇ仁……」
「ん?」
「これって」
「うん、玲愛だけちょっとひと味追加してある」
「……ってまさかっ!?」
「しーっ」
「……もう、ばかっ」

照れたように笑う玲愛が可愛くて、つい抱きしめようと場所も気にせず手を伸ばしたまでは良かった。
玲愛も俺の手を握ったまでは良かった。
だが、内緒話はみなさんに筒抜けだったようである。

「ひいきだ〜」
「ひいきね」
「ひいきだね〜」
「てんちょのひいき〜」
「……ふぅ」
「やっぱりね〜」
「あ、あはは」
「はー、らぶらぶですね〜」
「「なっ!?」」

ってこら玲愛、俺を盾にするな後ろに隠れるなっ。
まるで俺だけ悪いみたいじゃんかよ〜。

「仁くん、ひとつ聞きたいんだけど」
「な、なに、姉さん?」
「玲愛ちゃんとどう言う関係なの?」
「え、えっと?」

そう言えばま〜姉ちゃんには話してなかったっけ?
……覚えがないなぁ、もしかしてやばい?
と、言ったこともない事実を思い出そうとしている俺の背中で、玲愛が恨みがましい声を上げる。

「……なんではっきり言ってくれないのよぉ」
「そこで俺を責めるなっ」
「なによ、キュリオ本店でなんて言ったか忘れたの?」
「忘れるわけないだろっ、あんな恥ずかしい事……」
「ホントかしら?」
「ホントだってっ!」
「……なんて言ったの?」
「玲愛を俺にくださいっ! って、あれ?」

ん、今の声は玲愛じゃ無かったような……って里伽子、お前かっ!?
なんだのそのしてやったりの顔は、俺を追い込んでどうする!
そんな俺に玲愛が追い打ちを掛ける。

「そうよ、それにその後私の両親にだって同じ事言ったじゃない」
「おいっ」
「……仁く〜ん」
「ひいぃっ!?」

すっかり置いてきぼりにされていたま〜姉ちゃんが、ゆらりと近づいてくる、怖っ。
しかもなんだか由飛やかすりさんや明日香ちゃんも引きつった笑顔で近づいてくる。
キュリオの三人は興味津々の野次馬として少し離れた場所で傍観している。
……えーっと、つまりこれはあれですか、人生最後の日!?

「えー、では取り調べを行いたいと思いま〜す」
「かすりさん、何の取り調べだって言うより、これ以上騒ぎを大きくするな〜」
「だまらっしゃい、さあきりきり吐きなさい、そうすればカツ丼取ってあげるから」
「俺は犯罪者じゃないって〜のっ!」
「問答無用」
「酷っ!?」
「仁、はいたら楽になるよ〜、だから、はきましょうね〜♪」
「由飛、お前知ってるくせにみんなと一緒になるな〜っ!」
「てんちょって従業員に手を出すんだ」
「明日香ちゃん、それは誤解だ!」
「どこが誤解なのか、その辺をじっくりと聞かせてね、仁く〜ん」
「落ち着いて、ま〜姉ちゃん」

と、俺が追い込まれている間に里伽子はいつの間にかいなくなってやがる。
おのれ〜、卑怯なり里伽子、今度オムライスの似顔絵に眼鏡も描いてやるからな〜!
そして肝心の玲愛と言うと、瑞奈さんに捕まっていた。

「さあ玲愛、同棲生活の全貌を聞かせてもらいましょうか〜」
「ちょ、ちょっと瑞奈、この手を離しなさいっていうか、ひかりも芳美も一緒にならないのっ」
「住みません、チーフには逆らえないので」
「それにわたし達を置いて、ファミーユに行った理由を詳しくしりたいです」
「ひ、仁ぃ〜っ」

すまん玲愛、今の俺は無力だ。
持ち前の元気さで持ちこたえてくれ、もしくは俺を助けろ。
ううっ、今夜はイヤな意味で眠れない夜になりそうだ。






「これぐらいの意地悪は大目に見てよ、仁」






後日、由飛に買って上げた指輪でまた一悶着有って、玲愛に婚約指輪を買わされたのは別の話。
さらに後日、上京してきたかすりさんのおやじさんに、日本刀で追いかけ回されたのはもっともっと別の話。






Finなのかっ!?





作者コメント


自分のHPで公開していたものですが、戯画祭りと言う事で移転掲載してもらいました。
こちらは玲愛トゥルーエンドのアフターになります。
ツンデレ最高です、以上!

Written by じろ〜