「処分、決まったよ。羽山海己、停学一週間」
 これは想定の範囲内だった。
 むしろ予想よりも短かったといってもいい。
「星野航、内山雅文、同じく停学一週間」
 これもまだ予想できた。
 飛び入りライブくらいで停学にするなよ、とは思ったが。
「海己も一緒に停学ってことは……」
「あんたら停学中は、自分の部屋から一歩でも出ること禁止」
 ……そうきたか。
 海己と二人きりで寮にいて、お互い部屋から出られないなんて、なんていうかこれは……。



「拷問っ!?」
 悲痛な叫びをあげる俺に向けられた皆の視線は、凍てつくような冷たさだった――。



「さえちゃんさあ、部屋から一歩でも出ること禁止って、食事とかトイレとか風呂とかはどうなんの?」
 後夜祭の大騒ぎから数時間後、寮に戻って、食事も終わって、やっと落ち着いて食堂でお茶を飲む、
このつぐみ寮で一番やんごとなきお方――桐島沙衣里に伺いを立てる。
「それはさすがに部屋から出てもいいから。出るな、って言っても無理だし」
 それはそうなんだけど、一応聞いておかないと。
「海己だけ普段どおりに生活して、航だけ部屋から本当に一歩も出ないって言う選択肢もあるわよ?」
 とんでもないことを会長が言い出す。
 そんな非人道的な選択肢は存在していませんから。
「それなら先輩、いっそのこと一週間飲まず食わずっていうのはいかがでしょうか?
これってなんだかギネス記録のような気がします!」
 そんなくだらない記録に興味はねえよ宮……。
「一週間くらいだったら遭難した人とか普通にやってない? あ、でもそれだとギネスの記録には残らないか」
「わたる、ちょーせんするの?」
 凛奈と静までもが加わりだした。
 ……俺だってまさか本当にやらされるとは思って無いが、なんだか目から塩水が染み出しそうになる。 

「海己……お前だけは俺の味方だよな……?」
 と、俺はまだ食事の後片付けをしている海己のほうを振り返って助けを求めるが、
「え、うん。だから沙衣里先生との約束はちゃんと守ろうね」
「お前はどっちの味方だ……」
 返ってきた返事はつれないものだった……。

「まあつまり、わたしたちがいない間にイチャイチャするなってこと」
 寮生が揃ってギネスの超人について白熱の論議を繰り広げる中、うんざりしたようなさえちゃんが、
やっと公式見解を出してくれた。
 これは非常に分かりやすい。
 イチャイチャさえしなければOK。
 どうせ誰もいない寮、証拠さえ残さなければいい。
 簡単じゃないか。
「どうせ見られてないからばれないしーとか、舐めたこと考えてるとマジで記録に挑戦してもらうから」
「俺って考えていることが他人に伝わってしまう特異体質!?」
 ほんと俺ってさえちゃんに信用されているよな。
 悪いほうに。
「航の考えそうなことくらい想像つかないほうがおかしい」
「先輩がどれだけ皆さんに理解されているか分かる、微笑ましいお話ですね」
「わたる、ないてる〜?」
 どうやら俺の考えていることはエブリタイム、エブリシング、お見通しだったようだ。


「飲まず食わずの世界記録って確か十八日とかだったんだよね。挑戦してもらうなら……当然そっちになるわね」
 爽やかな笑顔で会長に止めの一言を言われ、俺はさすがに覚悟を決めたのだった――。



「停学の事実を厳粛に受け止め、学生に相応しい謹慎生活を送るつもりであります……」




 外は弱い雨、後はいつもと変わりのない、何の変哲もない朝。
 ……俺と海己以外は。

 ――停学生活一日目。

 本来なら俺も学園祭の後片付けに参加しているはずだったが、まあ、そんなわけで寮にいる。
 前回の停学の時とは違って大量の課題と共に。
 大量の課題をやらせるというのは、学力を向上させると共に、
イチャイチャしていなかったか確かめられる一石二鳥の完璧な作戦だと思う。
 ああ、敵ながら見事だ。
 ちなみに、
「……航、本当に課題、ちゃんとやってよね? 後で困るのは航だよ……?」
 朝食時にそう言ってきた海己も敵として認識した。

 そんなわけで隣の部屋にいる薄情な海己の存在は忘れて、黙々と課題に取り掛かか……らずに携帯を手に取る。
「海己、課題、ちゃんとやってるか? 速攻飽きたりしてないだろうな」
 あー俺ってかなり駄目人間。
 でも、電話はセーフだよな?
 ……いつかの海己のような言い訳を自分にする俺。
「航……それはわたしのセリフだよぉ……」
 ついさっき話したばかりなのに、なんでこの鬱陶しい声を聞きたくなったんだろう。


「一応確認しておかないとな」
 苦しいな、俺。
「うん、大丈夫。ちゃんとやってるから……っていうか、わたしには課題出ていないんだけどなぁ……」
「何故っ!?」
 俺の目の前には電話帳のような厚みを持った悪意の塊があるというのに。
 よくこんなものを直ぐに用意できたものだ。
「ちゃんと自習するからだと思う。航と違って」
「……さらりと言うね」
 まあ確かに、前回の一ヶ月の停学のときは教科書すら開いてなかったわけだけが。
「……わたしは大丈夫だから。頑張ってね、航も」
「あ、ああ……」
 元々話すことなんて特に無かったわけだから、ここで会話が終わっても何の問題も無い。
 ……はずなんだが、何だ、この上手く言葉に出来ないもやもやは。

 元気で隣の部屋にいることが分かっているのに、何でわざわざ生存確認をしなきゃならんのだ。
 ……そう思っていた時期が俺にもありました。
 何が言いたいかというと、俺は今、何となく隣の壁を叩きたい衝動と必死に戦っている、ということだ。
 叩いたら負けだ、叩いたら負けだ、叩いたら負けだ……。

 ……。

「んはっ!?」
 俺がついに自らの負けを認めて隣の壁を叩こうとした瞬間、雨音だけが響く部屋に場違いな音が鳴る。
「あ、あの、航……さっきだけど、本当は何か用事があった……?」
「……海己」
 さっきはやけにあっさり電話を切ったと思ったら、三十分もしないで海己のほうからかけてきた。
 ……これで引き分けだな、と一瞬顔が緩んだが、海己の様子がおかしいことに気づく。


「ねえ、航ぅ、何か言ってよっ……わたしと…話したいこと、何にも……ないのっ!? 
だったら……だったら、電話なんかかけてこないでよぅっ!! ぅ、っ、ぅ、っ、うあっ……」


 ああ、そうか。
 さっきは分からなかった、言葉に出来ないもやもや。
 それは、四ヶ月後に必ずやってくる、「別れ」を感じたんだ。
 海己は、俺より早くそれと戦っていたみたいだ。

 そこにいるのは分かっているけど、決して会えない。

 だから、声だけでも聞きたい。
 
「海己、ちょっとそっちに行ってもいいか……?」
 ただ、抱きしめたいと思った。
「……駄目っ!」
「海己……だってよぉ……おまえ、泣き止んでくれないじゃん……」
「航のせいっ! 航が電話なんてかけてくるから、たった一週間じゃない! 
わたしたちは……っ、うっ……な、何年会えないか分からないんだよっ!? どうしてっ、どうして我慢っ……」
 そうだ。
 俺たちは何年会えなくなるかわからない。
 爺ちゃんが学園祭で、皆の前で俺と海己を認めてくれた。
 海己のお父さんが、ウェディングドレスを着て踊る海己と俺を優しく見守ってくれた。


 でも、それは、俺たちにとって大切な人であっても、認めてもらわなきゃいけない二千人の中のたった二人。
 俺たちは、二千人全員に認めてもらわなくちゃいけない。

「うん、全部俺のせいだ。海己、ごめんな。こうなるの最初から分かってた」
「……っ、なにがっ!!」
 泣き止んではくれないけれど、それでも海己は俺の話しを聞いてくれる。
「会えなくなってさ、会いたくなって、それでも会えなくて……今じゃなくても必ず来るよ、俺たちにはそういうの。
だからな……ごめん。わかってて海己を……」
「馬鹿っ、っ、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿あぁっ!! ……どうして謝るのよっ!?」
 いや、どう考えても悪いのは俺だろう……。
「わたしは……っぅ……っ、ぅ……そういうこと言いたか……っ、たんじゃ……」
「俺って馬鹿だよ、だから海己を泣かせて、傷つけて……ほんとごめん。でも、海己が好きなんだ。
自分でも馬鹿だと思うくらい海己が好き」
 会話がかみ合っていない気もするが、俺は気にしない。
 俺の言いたいこと、言わなくちゃいけないことをぶつけるだけだ。
「さっき、海己が俺に電話かけてくる前……俺、壁を叩こうとしてた。
散々馬鹿にしてたけど、海己がそこにいるのを確認したかった。俺馬鹿。すげー馬鹿。」


 「嘘っ……」
 まあ、そうだな。
 自分でもありえねーことしようとしたと思う。
「恐ろしくかっこ悪ぃから黙っとこうと思ってたんだがな。残念ながら本当だ。
あーでもすっきりした。言いたいこと言って、言いたくないことまで言って……
海己もさ……そういうの無いか? 今なら二人きりだ、愚痴も、文句も、愛の囁きも、いい放題……だぞ?」

「っ……、航っ……」


「ただいま〜。それにしてもしつこい雨だねえ」
 今日は会長が一番か……まあ確かに、三年だし、本来は生徒会も引退した身だしな。


「お帰りなさい、奈緒子さん。お風呂、沸いていますよ?」
「ありがとう海己、気が利くねえ」
 さて……会長も帰ってきたことだし、俺も部屋から出ても問題ないだろう。
「お帰り〜、会長」
「あー航。課題は進んだ?」
 帰ってきて顔を合わせて、いきなりこれか……。
 もしかして、一番早く帰ってきた理由はこれなのか?
「まあ、程ほどに……」
 本当ならビシッと一日の成果を見せて、言い返してやりたいところだが、
本当に程ほどにしか進んでいないからな……。
「んーー……」
 低く唸りながら、俺の顔をまじまじと見る。
 半分は会長の良心を信じているが、もう半分は……まあ、何にしてもお手柔らかにお願いしたい。
「まあ、停学中に終わらせればいいから」
「いや、一週間じゃ絶対終わらないから」
 想定の範囲外の返答。
 このパターンは予想していなかった。
「じゃあ、出来る限りの、あんたの本気を見せてみなさい」
 それにしてもイチャイチャしてたんじゃないかと疑われると思ったが、
全くそんなことは無かったな…やっぱり俺って信用されてる?
「それは無いから」
「あは、あはは……」
 ……俺ってやっぱり、考えていることが他人に伝わってしまう特異体質?

「雨、そろそろ止みそうね」
 と、今度は海己の顔を見ながら会長が言う。
「見た感じ、まだまだ降りそうなんだが……その根拠は?」
「なんとなく。海己の顔を見てたら、そんな気がしたのよね」
「……そうだな」
 俺も、海己の顔を見て、そう思う。
「え、えぇ〜? わたしの顔に、何か付いてるぅ!?」
 まあ、自分じゃ鏡でも使わんと自分の顔は見られないからな。
 あえて教えてやら無いが、目の周りはまだ少し赤くて、泣いていたのがバレバレだ。


 でも……雨なんかとっくに止んで、虹がでて……そんな、幸せそうな顔してるんだよな。





作者コメント

いつもにもまして、鬱陶しい海己になってしまいました。
それでも一番海己が好きなんですよね。
なんでだろう。

初めての投稿ですが、よろしくお願いします。

Written by カズハ