女の戦い




「お〜〜い、静」
 夏休みも残すところ後わずか、そろそろ宿題も本格的に片付けなければ……という時期に、朝飯を済ますなり、涼しい顔をして外出しようとする静を呼び止める。
「……わたる、なんかよう?」
 そうは言うものの、今から俺が何を言おうとしているか、大体の察しはついてるようで。
 ……一瞬で表情が曇ったからな。
「ああ、暇だったら一緒に宿題でもやらないか? まだ、全部終わってないよなあ?」

「……暇じゃないけど、いいよ」
 てっきりなんとかして逃げようとするかと思ったが、この返事だと宿題をすること自体は嫌じゃないようで。
 そういえば補習も頑張って終わらせたし、やっと静もやる気が出てきてくれたか。
 まあ、おれ自身もあまり偉そうなことは言えないんだけど。
「じゃあ、今から食堂でやるから、勉強道具とか持って、すぐ集合」
「ん……静とわたるだけじゃないの?」
 なかなか鋭いな。
 確かに静と二人だけなら、どちらかの部屋でやったほうが落ち着くからな。
「うむ、凛奈も一緒な」
 ……ようするに赤点候補生トリオ。
 一人じゃ飽きたりさぼってしまうから、お互いを監視できる三人は真面目にやるには都合がいい。
 ちなみに優等生トリオは、宿題なんてとっくに終わらせていたりするらしい。
「うん、わかった」
 去年までだったら、海己の答えを丸写し……なんてこともやったかもしれないが、寮のこともあるし、今年ばかりは真面目にやらないとな。
 そんなことを考えながら、俺も食堂へ向かった。


「ほらほらっ、やっぱりあたしのほうが早かったよ〜! あたしの勝ち!」
「りんな、間違ってるかもしれないのに偉そうにするな」
 どっちが早く問題を解けるか、デッドヒートを繰り広げている凛奈と静。
 そもそも学年が違うし、問題集の種類も違うんだから、競争すること自体無理があると思うんだが、当の二人はそんなことは関係ないとばかりに大真面目なわけで。
「静、早くそのページ終わらせてよね。あたしはさっさと次のページに進みたいんだから〜」
 まあ、早食いやら遠泳やらで争うよりは随分マシだと思うが、本来の目的からは外れているような……。
「だから、早くても間違ってたら意味ない」
 静の言ってることはもっともなんだが、それならそもそも凛奈の挑発になんか乗らなきゃいいのに。
 当人たちももう忘れているような、そんな些細な理由から始まった争いなんだし。
「えー、大丈夫だよ。たぶんあってるよ」
 凛奈、そんなアバウトなことを言ってるから、赤点取るんだぞ……。
「間違ってる」
 静も自分の宿題に集中したほうがいいと思うんだが……。
「あってるって!」
「まーちーがーってーるー!」
 と言いつつ、一番勉強が手についてないのは俺だったりする。
 いろいろあった二人だから、仲直りしたといっても、どうしても気になってなあ。
「それなら、答えあわせすればいいじゃん」
 ついそんなことを言ってしまったが、さえちゃんも優等生トリオも出かけてしまっていて、今は答えあわせできる人間がいないんだよなあ。
「それだ」
 凛奈に続いて静も無言で頷くが、
「でも、さえちゃんも会長も、海己も宮もいないし」
 もちろん俺には正解なんて分からないわけで、答えあわせなんてできない。
 非常に情けない話だけど。
「それなら、問題集とノートだけ借りてくればいいんじゃない?」
 言ってることは理解できるが、勝手に人の部屋に入って持ってくるのはまずいだろう、凛奈。
「駄目だって。昼前にはたぶんみんな帰ってくるから、それからでいいじゃん」
「えー」
 同時に不満そうな声を出す凛奈と静。
 ……普段からそれだけ勉強熱心でいてくれれば、さえちゃんなんか涙を流して喜んでくれそうなんだが。
「みやはわたるなら怒らないよ」
 いや、確かに怒らないかもしれないが、そういう問題じゃないだろう。
「うん、海己も怒らないと思う」
 ……なんだか二人とも俺に嫌なことを擦りつけようとしている気がするんだが。
「……冗談だよなあ?」
 借りてくるにしても、お前らが取りに行ったほうがいいと思うんだが……。
「たぶん、すぐ見つかる場所にあるよ。ちなみにこれね。」
「わたる〜これおねがい〜」
 と、自分たちがやっている問題集を俺に見せる凛奈と静。
 まさか本当に、一歩間違えれば普通に変態扱いされるようなことを俺にさせるわけが……ないよなあ?

「……」
 二人揃って、無言の叱責。
 一対一ならなんとかなるが、二対一はきついものがあるわけで。

「……」
 「お前らが行けよ」とは、最後まで言えなかった。
 

「まずは宮の部屋っと」

 こんこん。

「……邪魔するぞ」
 まあ、誰もいないのは分かってるんだけど、一応ノックと挨拶をしてから部屋の中に入る。 
「それにしても、相変わらずすごい部屋だなあ……」
 特にこのどこぞの貴族あたりが使っていたような豪華なベッド……床が抜けないか心配になってくる。
 というか、こんなベッドで安眠できる宮の神経のほうが心配だ。
「古文のテキスト、古文のテキストっと……あったあった」
 なんだかんだいって女の子の部屋、俺の部屋と違ってきちんと片付いているので、目的のものは割とすぐに発見できた。
 炊事洗濯掃除全て絶望的な宮だが、自分の部屋は綺麗なんだよな。
 深く考えたことは無かったが、これはちょっと不思議だ。
「言っておくが、机の上以外何も触ってないぞ」
 俺以外誰もいないので、この独り言に意味があるとは思えないんだが、それでも自分の行為を正当化させるために必要のような必要じゃないような。
「邪魔したな。じゃあ次は海己の部屋っと……」
 と、ドアを開けて宮の部屋から出ようとした瞬間、

 がちゃっ。

「あ、星野」
 さえちゃんが部屋に入ってきた。

「んがっ! こ、これは、いろいろあって、宮から夏休みの宿題を借りに……」
 別に動揺することもないんだが、いきなり聞かれてもいないことをぺらぺらと喋る俺。

「ふ〜ん……」
 やっぱり疑われたか……まあ、宮の部屋に入ったらいきなり俺がいるだけで十分怪しいけど。
「ちょ、ちょうどいいところに帰ってきたよ。ちょっと凛奈と静の勉強を見てやってくれよ」
 本当はもうちょっとだけ早く帰ってきて欲しかったけど。
「うん、それは凛奈と静に聞いたよ。だから星野を呼びに来たんだけど」
 なんだよ、それならそんなに訝しまないでほしいんだけど……。
「そうそう、あいつらに無理やり命令されてな……」
 まあ、断れないこともなかったんだけど。
「というか、あんたと宮は付き合ってるみたいだから煩いことは言わないけど、海己ちゃんの部屋は勝手に入っちゃ駄目でしょうが」
 俺もそう思ったんだが、海己とは昔からの付き合いで特に意識することもないし、すぐに済む用事だったしなあ。
「まあ、物がなくなったりする心配はしてないけど、海己にもプライバシーが……って、あ!」
 と、珍しく教師らしいお説教をしている最中に、急に何かを思い出した様子のさえちゃん。
「そういえばこの前は誤魔化されたけど、あんた、本当にあたしの下着盗ってないでしょうね」
「ぶっ!!」
 い、いきなり何を言いだすんだ……。
「ほ、本当に知らないって」
 どうせずぼらなさえちゃんのことだから、自分で勝手に無くしたくせに。
「……(じーー)」
 そんな目で見つめられても、知らないものは知らないわけで。
「さえちゃんの下着なんて盗らないって……それに、盗るくらいなら宮から貰うって」

「なんか引っかかるけどぉ……ま、それもそうか」
 そんなわけでなんとか納得してもらえたか、と軽く安堵した瞬間、

 がちゃ。

「あれ? 沙衣里先生……と、先輩……? わたしの部屋で何をされているんですか?」

 この部屋の住人である宮が帰ってきた。


「静が宿題の答えあわせをしたいって言ってな、俺じゃ自信がないから、お前の答えを見て確かめようかと」
 さすがに二回目ともなると、すらすらと言い訳も出てくるわけで。
「あたしは星野を呼びに。勉強はあたしが見てあげるからってね」
「なるほど〜そういうことだったんですかぁ」
 素直に納得してくれたのはいいけど、ここはもうちょっと別のリアクションがあるんじゃないか?
 という視線を宮に送ってみる。
「……? あ、あぁっ、勝手にわたしの部屋に入らないでくださいよぅっ」
 やっと気づいたか……本当に鈍いやつ。
「な、何を考えているんですか先輩っ!」
 まだ俺たちが付き合っていることはバレてないはずなので、本来はこのようなリアクションでなくてはならない。
 ……ほんとはもうバレバレだったりするんだけど、バレてないふりをしてくれってみんなに頼んだからなあ。
「それだけじゃないんだよ宮、星野ったら、『あたしの下着盗ってない?』って聞いたら、『盗るなら宮のを盗るから』だってよ? どうする宮、あんた狙われてるよ?」
 宮のどんくさいリアクションが面白かったのか、意地悪してからかおうとするさえちゃん。
「そうですよね〜! ……って先輩、変なことを言わないでくださいっ!」
 微妙に嬉しそうな顔をして普通に納得してから、慌てて取り繕うとする宮。
 なんていうか、恐竜並みに鈍いやつ。
「そういえば宮が持ってる黒いレースのやつってどんなの?」 
 ということで、俺もちょっとからかってみる。
「え〜とですね……あ、それなら今度つけて……あぁっ!? 違います違います、先輩のためにつけたりなんてしませんっ、見せてあげたりしませんっ」
 それ、全然フォローになってないから。
 確かにもうちょっと秘密にしておこうとは言ったけど、そんなに頑張って隠してくれなくてもいいんだがなあ。
「宮、残念ながら俺たちが付き合ってるのって、みんなにばれちゃってるんだよな」
 さすがにちょっと可哀相になって、本当のことを教えてやる。
「そ、それならそうと教えてくださいよぅ……って、ということは、もう隠し妻は終わりですかっ!?」
 みんなにバレたのは宮が全然隠せてなかったからなので、そんなに今までと変わるとは思えないんだが。 
「そうなるが、ここは寮だから今までどおりあまりベタベタは……」
「じゃあ、じゃあじゃあっ、これからは隠れてキスしなくても、堂々と抱きしめてもらっても、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりしてもオッケーってことですよねっ!?」
 いや、だからそういうふうにベタベタするのはまずいって……。
「全部不可」
 すかさずダメだしをするさえちゃん。
 そりゃそうだよなあ……目の前でイチャイチャされるほうはたまったもんじゃないと思う。
「不可不可不可不可、ぜーんぶふかっ! まだ学生の分際でこのあたしを差し置いて……いや、ここは寮で、あんたたちは寮生なんだから、寮則を守って学生らしく生活しなさいっ」

 ……さえちゃん、そんなに熱くならなくてもいいと思うんだが。
 というか、一瞬本音が聞こえたような。
「もう分かったから、とりあえず落ち着いてくれ」
 オープンに付き合うといっても、当分は今までどおりに過ごしたほうがよさそうだ。

「そ、そんなあ……でも、ご飯をよそってあげたり、おかずをわけてあげたり、お口の周りを拭いてあげたりくらいはセーフですよね?」
 それってまんまこの前の海己じゃん……あれを見て、お前は調味料入れを粉砕したりしたよなあ。
「不可」
「あぁっ!? それだと今までより悪化してますよ……」
 お前の好きにさせていると、これ以上悪化しかねないわけで。
「その分二人だけのときは優しくしてやるから、機嫌直せって」
 そう言いながら、多少乱暴に宮の頭を撫でてやる俺。
 なんだかんだいって、こいつには甘いんだよなあ。
「先輩っ」
 俺の安っぽいセリフに感動して、宮が抱きついてこようとした瞬間、

 ばたんっ!!

 ものすごい勢いでドアが閉まって、部屋には俺と宮だけが残された。

「……さえちゃん」
 俺たち……ちょっと自分たちの世界に入ってた……かな。

「宮、やっぱりもうちょっと隠し妻で頼む……」
「わ、分かりました……」
 宮が日陰の女から抜け出せるのはいつになるだろうか……。


 ――そのころ食堂では。
「ほらほらほらっ、やっぱりあたしのほうが早いよ! あたしの勝ちぃ!」
「りんな大人気ない……」
 まだ問題集の早解き競争をしているのかと思いきや、
「あたしと静は一歳しか違わないじゃん〜って、あっ、いたたたた……」
「無理して食べるから頭がいたくなる」
 ……カキ氷の早食い競争が行われていた。
「くっ……で、でも、勝ったのはあたしだから、次に作るのは静ね」
「えー……まだやるのー?」
 二人とも、さっきまでの勉強への情熱は、もう微塵も残っていないらしい。
「……あたしが勉強みてやるって言ったのに……き、貴様るるぅぅららぁぁああッ!!」

「さ、さえちゃんお帰り……え、えーと、これはなんていうか、その、息抜き?」
 そして、八つ当たり気味なお説教が始まった――。





作者コメント

今回は宮編のお馬鹿話です。
付き合っていることがみんなにばれた直後、という設定です。
宮可愛いよ宮。

Written by カズハ