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              静かな世界。 
 夏の太陽は暑いけれど、蝉が五月蝿く鳴いたりはしないそんな夏。 
 まあ、この世界には蝉どころか蟻一匹存在しないのだが。 
 存在するのはこの俺一人。言うならばこの世界は俺専用の世界。 
「つまりこの黒須太一はこの世界の唯一絶対な王というわけだな。ムハハハハハ」 
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 突っ込みがいない一人ボケにも最近なれてきた。 
 一時期一人ボケ一人突っ込みに凝ったこともあったが、空しさが倍増されてしまうのでもうやめた。 
 この世界に一人残ってからもう何日たったのか。 
 繰り返される一週間の間で幾度もアンテナを建て、放送を行ううちに設備を整えるのにも大分慣れて来た。もう最近では丸三日もあれば準備が整う。 
 そんなわけで金曜日の今日、屋上にはアンテナがしっかりと建造され、後は放送を待つだけになっている。別に今放送してしまっても構わないかもしれないけど、なんとなくそんな気にはならない。 
「『また来週』って言ったしな」 
 誰が聞いているとも、ひょっとして誰も聞いてないかもしれない放送の、しかも自分の台詞に束縛される自分を少しこっけいに思いながら、ベンチに横になる。 
 そして太陽の光を全身に受け、風に吹かれていると段々眠くなってくる。 
『熱射病はやだなあ……』 
 そんなことを考えながらも一度襲ってきた睡魔には中々逆らえず、やがて俺はの意識は夢の世界に旅立っていった。 
 
 
 
「……」 
「んぅ……」 
 気持ちよく寝ていると、何かに呼ばれている気がした。 
 まあ、さっきも言ったようにこの世界には俺しかいないのだから気のせいなんだが。 
「ぃ……」 
「んん……」 
 なおも誰かの声が聞こえた気がする。 
 さらにゆさぶられている気もしてきた。 
 世界の王が気のせいだと言っているのに、しつこい幻覚だ。 
「いち……」 
 本当にしつこい。 
「くそ、どうせ夢や幻覚ならもっと気持ちいいことしてみやがれ」 
 目をつぶったままそう言うと、幻覚は去っていった。 
 所詮幻覚では世界の王にはかなうまい。はっはっはっはっは。 
 勝利に酔いしれつつもう一度寝ることにする。 
 すぴー…・… 
 
 
 
 かちゃかちゃ、じー。 
 じゅる 
「むごるはぃぉ#し@!?」 
 突然やってきた異質な感覚に思わず飛び起きる。 
 そして目の前には− 
「おはよう、太一」 
「曜子ちゃん!?」 
 曜子ちゃんがいた。 
 支倉曜子。幼なじみで、それ以上だとは思うんだけどどんな関係か一言では言い表せない人。 
「っていうか再会して早々まず何をした!」 
「太一のナニを」 
「いやそうでなく! 何でそんなことを」 
「太一が『気持ち言いことしてみやがれ』と」 
「……」 
「……」 
「……」 
「じゃあ、続きを」 
「しなくていい!」 
 慌てて飛びのいてチャックを閉める。懐かしい感覚だけどこんなのは嫌。しかもこんな屋上でなんてせめて部屋で。いやいかん突然のことに頭が混乱している。 
「太一、まず落ち着いて深呼吸」 
「すー、はー、すー、はー……」 
「落ち着いた?」 
「ああ……でなくて」 
「何?」 
「まず、どうやってここに」 
 そう。この世界に来るには俺が『交差点』を『観測』することが必要なはずだし、俺が『観測』出来なくなった以上この世界に入ることは不可能なはずだ。 
「頑張った」 
「……」 
「……」 
「いや、だから」 
「それはもう頑張った」 
「いやそういうことでなく、具体的にどうしたのかと」 
「人が人であることをやめて豪華絢爛たる舞踏になったときにワールドタイムゲートは開かれる」 
「いや、意味わかんないし」 
「300の敵を狩って私は絢爛舞踏になった」 
「いや、『敵』って?」 
「敵対する相手。」 
「いや、だから言葉の意味を聞きたいわけではなく」 
「とりあえず帰ります」 
「曜子ちゃん、人の話聞かなくなった?」 
「太一が『もう俺に依存するな』と言った」 
「わーい。俺余計なこと言っちまった感じー」 
 やけくそ気味にそう言うと、曜子ちゃんはちょっとうつむいて言葉を続けた。 
「それに」 
「それに?」 
「子供には父親と母親が必要」 
「……はい?」 
 それだけ言うと、曜子ちゃんは顔を真っ赤にして顔をそらした。 
「……俺の?」 
 そう聞くとこくりとうなずいてこっちに向き直る。 
「あんなに激しく襲っておいて、まさかシラをきるつもり?」 
「いや、むしろ俺が襲われたような気がしてなりません」 
 そんな反論をしてみるけれど、目の前には自分に会うために多分凄い苦労をしてきた女の子がいて、さらにその子は自分の子供の母親なわけで。 
 親が無い生活の辛さを知っている俺に、選択肢は用意されていなかった。 
「じゃあ、帰ろうか」 
 曜子ちゃんの手を−凄く久しぶりに握り締めてそう言うと、曜子ちゃんはひょっとして初めてかもしれない笑顔を浮かべた。 
「はい」 
 
 
 
 
 
             えぴろーぐ。 
 
「しかし俺も父親か。大丈夫かなあ」 
「大丈夫。私もついてるしみんなついてる」 
「いや、自分の家の子供の世話を他人に押し付けるわけにも」 
「勿論。私の子供は私と太一が育てる」 
「……?」 
「どうしたの、太一」 
「えーと、『みんなついてる』って」 
「ええ。みんな太一といっしょに子供を育てたがっている」 
「で、曜子ちゃんと俺の子供は」 
「私と太一以外に育てさせるわけが無い」 
「……ひょっとして」 
「太一はエロすぎる」 
「帰る」 
「もう無理。あの世界には戻れない」 
「いや、ていうか俺一人だし! 分裂できるわけでもないし!」 
「当面のところは日替わりということで話はまとまっているから」 
            「いーやー!かーえーるー!!」 
             
            
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