| 朝食は大切である。
 一日を過ごす活力を補給するだけでなく、その家に住まう人々が集まってコミュニケーションを取る場として。
 円滑な人間関係を保つためにも。
 
 「シロウ、お代わりをください」
 「はいはい。それじゃ大盛りなー」
 「あー、シロウ。わたしにもわたしにもー」
 「いやいいけど。そんなに食えるのか?」
 「うん。シロウのご飯は美味しいもん」
 「そう言ってくれるのは嬉しいけど、あんまり食べ過ぎるのもまずいだろう」
 「士郎、わたしにもお願いします。あと、納豆も」
 「ああ。すまないけど納豆は冷蔵庫から持ってきてくれ」
 「はい。卵も頂きますね」
 
 まあそんな難しいことは関係なく、参加しているだけで幸せになれる朝食の場は大切だと思う。
 
 「っていうか」
 
 でもそんなほのぼのとした衛宮家の食卓はの風景は、
 
 「なんで、何事もなかったようにほのぼの食事をしてるのよーっ!!!」
 
 遠坂の叫び声で木っ端微塵に砕かれた。
 
 
 
 
 「―――なんだよ遠坂。無理に食べろとはいわないけど、食事中に騒ぐのはマナー違反だぞ?」
 「そうね。リンにはレディとしての自覚が足りないわ。それも致命的に」
 「シロウ、お代わりをお願いします」
 「ああ、からしを忘れていました」
 「じゃなくて! 何でそんなに平然と『平和な日常』演じてるのよ! 特にイリヤとセイバー!」
 今にもガンドを撃ちそうな勢いで二人を指差しながら叫ぶ赤いあくま。
 指差されたイリヤはニヤニヤと笑い、セイバーは一心不乱に食事をしている。
 そしてさりげなく遠坂の前に置かれ、手つかずになっている魚の切り身に箸をのばす……あ、それはしっかり阻止された。
 「別にいいだろ。確かに俺もセイバーとイリヤが戻ってきた理由とかは気になるけど、食事の後に話してくれるって言うんだし」
 「いや。そりゃそうだけど、なんかもうちょっとあるでしょ。なんていうか気を遣うとか、表情を伺うとか」
 なおも叫ぶが、どうも言ってることが今ひとつ要領を得ない。
 遠坂の隣に座っている桜はわかっているのかどうなのか、あいまいな笑みを浮かべながら二杯目のご飯を食べている。別にライダーにブロックサインを出して隠れるようにお代わりしなくても、俺が盛ってやるのに。
 「ああもう! ライダー、あなただって色々あるでしょ! 特にセイバーとは文字通り命をかけて戦ったことだって
 俺に話しても埒があかないと思ったのか、ライダーを指差してそう叫ぶ。
 「……まあ、そうですね。あえて言うこともないかと思っていましたが、リンがそこまで 言うのなら言わせて貰いましょう」
 ライダーは軽くため息をついた後、箸と茶碗を置いて座りなおす。
 「セイバー」
 「何ですか、ライダー」
 ライダーの眼差しをうけ、セイバーも居住まいを正す。箸は離さないが。
 「セイバー」
 「はい、どのような用件でしょうか」
 翠の瞳でじっと見つめ返すセイバーに対し、ライダーははっきりとした声で宣言した。
 「納豆は醤油を入れる前にしっかり混ぜておいたほうが美味しくなります」
 「それは知らなかった。貴女に感謝を」
 「うがーっ!!!」
 遠坂が癇癪を起こしてガンドをぶっ放したのはその直後だった。
 
 
 
 
 
 「……まったく。食事の席で騒ぐだけならまだしもガンドまで撃つなんて。リンはレディがどうこう言う前の問題ね」
 「そうです凛。あなたは一人前の魔術師だと言うのに、ここぞと言うところで忍耐にかけるところがある」
 「あんたたちが人の話を聞かないのが悪いのよっ!!」
 なおも怒り狂う赤いあくま。
 その向かい側にはイリヤとセイバーが座って受け答えをし、ライダーはといえばもう慣れたとでも言うかのように、食後のお茶を飲んでいるし、桜はてきぱきと食器を片付けている。
 ちなみに、遠坂のガンドはイリヤの手によって防がれた。
 おかげで食卓の被害はゼロ。
 まあ襖が破れたりとかしたが、それは後で直してくれるんだろう。
 「桜も! アンタだって気になってるんでしょ? なに他人事みたいに食器なんか片付けてるのよっ!!」
 「いえ、食事も終わりましたし。約束どおりなら、イリヤちゃんとセイバーさんが事情を説明してくれるんですよね?」
 そう言って振り返る桜を見て、イリヤはふう、と一息ついた。
 「まあ、いつまでもリンをからかっていてもしょうがないしね。それじゃそろそろ説明してあげましょうか」
 「ああ、それじゃあ頼むよ」
 俺がそう言うと、遠坂も席につく。まあ、まだ納得しきってはいない用だが話を聞くのが先決と判断したんだろう。
 そして、それに続くように桜も席につき、ライダーも湯飲みを置く。
 そこにいる全員をぐるりと見渡してから、イリヤは口を開いた。
 「いいわ。それじゃあ、何から話しましょうか?」
 「まどろっこしいことはいいわ。まず、あなたとセイバーはどういう理由でこの世界に戻ってきたのか。それから聞かせてちょうだい」
 遠坂の声を聞いて、イリヤはにやりと笑って答えた。
 「いいわ。それじゃあまず昨日の夜のこと。リンとサクラ、それにシロウが行ったあの儀式のことを思い出してちょうだい」
 うむ。
 思い出すも何も、つい昨日のことだから忘れることもない。昨日の夜、遠坂の家でサーヴァントを召喚するための儀式を行った。
 術式は遠坂が行い、魔力は桜を通して聖杯から引き出し、セイバーを召喚するための触媒として俺−エミヤシロウ自体を使用した。
 理論上はなんら問題無いと遠坂は主張していたんだが……
 「でもあの儀式はセイバーを召喚するための儀式よ。しかもそれは、術式を行ったわたしのサーヴァントとして。今みたいに誰のサーヴァントでもないとか、そんな非常識な状態での召喚じゃあないわ」
 そう。遠坂の言う通り、今ここにいるセイバーは誰のサーヴァントでもない。あの儀式に参加した俺たち三人はもちろん、イリヤにだって令呪は現れていない。
 にわかには信じられないが、セイバーは誰のサーヴァントでもないけれど現界しているのだ。
 「ええ、そうね。あの儀式が完全に為されていたのならセイバーはリンのサーヴァントとして召喚されたでしょう」
 「じゃあ、儀式は失敗だったんですか?」
 「ええ、そう言うことになるわね」
 不安そうに聞く桜に、イリヤはにべもなくそう答える。
 「何よ。何が足りなかったって言うの? 術式は間違っていない、聖杯から引き出される 魔力は十分。セイバー縁の品物だって」
 「そう、そこが問題だったのよ」
 「そこって?」
 「『セイバー縁の品物』ね。元マスターと言う繋がりだけでは、サーヴァントの中でも最強クラスの力を持つセイバーを呼び出すには足りなかったのよ。例えセイバーがシロウのことを……」
 「イリヤスフィール!!!」
 今度はセイバーが叫んだ。
 イリヤは悪戯っぽくニヤニヤ笑い、セイバーは何か言おうとしつつもうまく言葉が出ないようでしばらく口をパクパクさせた後、真っ赤な顔でおずおずと俺のほうを向いた。
 何だかよくわからないんで首を傾げてみたら、セイバーはあからさまにがっくりした。
 本当によくわからないので周りを見回してみたら、イリヤと遠坂はもちろん、桜まで呆れたような顔でため息をついていた。
 なんか馬鹿にされてるみたいで納得いかないが、まあ今はそれを追及している場合ではないだろう。
 「つまり、このへっぽこのせいで儀式は失敗したわけだ」
 「いや遠坂、俺のせいとか言われても」
 「シロウがもとの身体なら問題なく召喚できたと思うけど……」
 「? 確かに士郎の身体は人形だけど。でもサーヴァントとの契約は魂を基にするはずだから問題無いでしょう?」
 「まあそれは置いておきましょう。今回は関係ない話だし」
 俺の意見なんか無視して話を進める魔術師二人。しかもなんか重要っぽい話を『関係ない』とか言い切られた気がするんですが。
 「そんなわけで儀式は失敗して、集積された魔力はいずれ霧散するはずだったのよ。セイバーは『門』のすぐそばまで来ていたけれど、壁を破ることはできずに終わるはずだった」
 「でも―――」
 「そう。でもここにセイバーは居るわ。あの儀式の最後、リンが無茶したから」
 「「ああ」」
 思わず、納得の声が桜とハモった。
 「……何よ。いいじゃない目的は達成できたんだし。ちょっとぐらい条件揃わなくたって力尽くでなんとかなるもんなのよ。士郎がランサーに殺されかけた時だってそれで治せたんだしっ!」
 なんか今日は俺に関する重要な発言が多い気がするが、これも今回関係無さそうなんで流されるんだろう。なんだか悲しくなってきた。
 「まあ、手段はともあれリンの力で『門』はこじ開けられたの。そして、門のそばにいたセイバーはこの世界に現れた。でも―――」
 「でも、通常の儀式のプロセスから外れてしまったからセイバーさんと姉さんの間にレイラインのリンクはできなかった」
 「ええ、サクラの言う通りよ。術者であるリンには令呪が現れず、セイバーとの間にリンクが発生しなかった。セイバーは確かに召喚されたけど、魔力の供給がなくては消えるしかない。無理矢理の召喚でセイバー自身のストックもなくなりかけてたし、数分もたずに元居た場所に帰ってしまうはずだったわ」
 それを聞いて不安になり、セイバーのほうを見る。
 しかし、そこにいるセイバーには危ういところなどなく。
 俺たちと同じように、しっかりと肉体を持って存在している。
 朝ご飯も丼で三杯は食べたし、おかずも残さず食べた。
 口の端にご飯粒がついてるのはどうかと思うが。
 「じゃあなんで」
 「簡単な問題よ。魔力が足りなくて消える存在が消えていないと言うことは―――」
 「魔力が供給されているのはわかるわ。でも、マスターが居なければ―――」
 「そうね。マスターが居ないセイバーにはマスターから供給されない。でも他のものから魔力を供給されれば消えることはなくなるわ」
 「……聖杯から、ですね」
 イリヤが言葉を切るのと同時に、桜がそう答える。
 「そう。桜はわかったのね」
 「ええ。わたしも聖杯とはつながっていますから。だから聖杯から魔力が流れ出していることはわかります」
 「つまり何? セイバーは聖杯から直接魔力を―――」
 「ええ、その通りよ。今のセイバーにマスターは必要ない。聖杯から供給される魔力と、あとは彼女の中に在る竜の因子だけで存在できるわ」
 「何よそれ。そんなの反則もいいとこじゃない。そんなの誰が―――」
 そう言って遠坂は何かに気づいたのか、驚いたような表情をしてイリヤを見る。
 桜も同じような反応をして、イリヤはまたニヤニヤと笑っている。
 「……そう言うことね。人のこと力尽くでなんでもするみたいに言ってたけど、アンタだって変わらないじゃない」
 「否定はしないわ。でも、あのまま全てが無駄になるよりはずっとマシでしょう?」
 「でも、そんなことをして大丈夫なんですか? また大聖杯が開くなんてことは―――」
 「大丈夫よ。一応何もしてないわけじゃないし」
 えーと、なんだろう。
 なんか三人の間では納得いってるみたいなんだけれども。
 「シロウ、理解してないでしょ」
 「……すまん」
 イリヤに言われて素直に謝ったら、遠坂は『心底呆れた』とでも言いたそうに深くため息をつき、桜はなんだか気まずそうにこっちを見ている。何気に桜の視線のほうが効く。
 「いやお前ら三人ともわかって当然みたいに聞いてるけどな。俺以外にもほら、ライダーだって」
 「いえ、大体のことは理解出来ましたが」
 ……四面楚歌っていうのはこういうことを言うんだろうか。
 ちょっと涙出てきた。
 「まあしょうがないわね。士郎がへっぽこなのは今に始まったことじゃないし、一応師匠であるわたしが説明してあげましょうか」
 「よろしくお願いします」
 遠坂が本当にめんどくさそうにそんなことを言っても、俺は素直にうなずくしかない。
 男としてそれはどうかと言う気もするが、この際その辺からは目をそらしておく。
 「あんたにもわかるように単純に説明するとね。聖杯とセイバーの間に直通のパスを作ったのよ」
 「ああ、なるほど……ってそんなことできるのか!?」
 「まあ、普通の魔術師にはできないわね。でも考えてみなさい。桜だってライダーを現界させてるじゃない」
 「そりゃあれだろ? 桜が聖杯とつながってるから……あ、そうか」
 「そう。聖杯とつながっている桜を経由すれば、サーヴァントに対して聖杯の魔力を供給することは可能なのよ。例え、聖杯戦争が終わった今でもね」
 そこまで言うと一度言葉を切ったが、俺が理解していることはわかったのか、少し満足そうに説明を続ける。
 「だからわたしはセイバーを召還するために桜に協力してもらったのよ。」
 「でも、儀式は失敗したからそれも無駄に終わったのよね」
 「ぐっ……」
 くすくすと楽しそうに微笑むイリヤの突っ込みを受け、言葉につまる遠坂。
 「でも、それじゃあセイバーは今どこから魔力補給してるんだ?」
 そう、イリヤの話によればあの儀式は結局失敗だったらしい。
 召還者であるはずの遠坂の体には令呪が現れず、契約が成立しなかったのでパスは開かれなかった。だからセイバーには今、魔力は供給されてないはず……
 「もちろん、聖杯からよ」
 言葉に詰まった遠坂に代わり、イリヤがそう答える。
 でも、それだとちょっと納得がいかない。
 「え? でも、桜からセイバーにはパスが通ってないんだろ?」
 「ええ。だからさっきリンが言った通りよ。今のセイバーには聖杯から直接魔力が供給されてるの。間にマスターが入ったりしないで、直接ね」
 「そんなことできるのか?」
 「シロウ、あの地下で何があったのかもう忘れた?」
 「忘れるもんか」
 柳洞寺地下の大空洞。
 桜をアンリ・マユから解放するためにルールブレイカーを投影したこと。
 その後、駆けつけたライダーに桜と遠坂を外に連れて行ってもらったこと。
 そして一人残った俺は言峰と戦い、最後の力を振り絞って大聖杯を破壊しようとして―――
 「ああ」
 「思い出した?」
 思い出した。イリヤはあの時、俺を助けるために自分を犠牲にして、大聖杯の門を閉じてくれたんだ。
 俺がこの世界に残るために。
 「そう。わたしは大聖杯と繋がっているわ。それこそ桜より密接に。だからセイバーに魔力を流すことだってできた」
 「じゃあ、セイバーは」
 「ええ。誰のサーヴァントでもない。セイバー一個人として現界しているの。誰の命令を受ける必要もない個人として」
 納得がいった。
 まあ、遠坂の言うとおり反則っぽい話ではあるが、不可能な話では無いんだろう。
 現にセイバーはここに居るし、ライダーだって令呪で縛られているわけではないから、似たようなものなのかもしれない。
 魔力の供給する時、間に桜が居るか居ないかの差があるだけで。
 「これで理解できた?」
 「ああ、ありがとうイリヤ。そして遠坂。完璧って言うのには不安があるけど、大体のところは理解できたと思う」
 「よし。それじゃあ―――」
 「いや、待ってくれ」
 何か言おうとする遠坂の言葉を遮る。
 遠坂はいかにも不機嫌そうな顔だったが、そんなことは気にしていられない。
 状況がつかめた今、俺にはまずしなければいけないことがある。
 「セイバー。すまない、俺は―――」
 君を殺してしまった。
 そんな、許されることのない罪を犯したことを、それでもセイバーに謝ろうと思ったのだが、セイバーはそれを遮って口を開く。
 「いえ、それはシロウのせいではない。その原因を作ったのは敵に取り込まれてしまった私だ。私は騎士として貴方を守ると誓ったのに―――」
 セイバーがそこまで言うと、いつの間にか俺の隣に座っていた桜が遮る。
 「いえ、それはセイバーさんの罪じゃなく、わたしがアンリ・マユを制御できなかったから―――」
 「いや、それを言うなら俺がもっと早く気づいていれば―――」
 「私がアサシンとの戦いのときにもう少し注意していれば―――」
 「わたしも、薄々感づいていたのに目をそらして―――」
 「いやそれは―――」
 あの戦いで犯された罪。
 それを、許してもらうことが出来なかったとしても黙っていることなど出来るわけもなく。
 いや、それこそ許されるはずもなく。
 三人でそんなことを言い合っていたら。
 「ああもう三人とも―――い い か げ ん に し な さ ー い っ ! ! !」
 イリヤに怒鳴られた。
 その小さな身体には似合わない、例えるなら藤ねえが癇癪起こした時並みの大音量。
 「全くもう。あの時はしょうがなかったでしょ! 悪いのはゾウゲン。シロウもセイバーも、もちろんサクラだって悪くないの! わかった?」
 「「「でも……」」」
 そう言われても、そう簡単には納得が―――
 「わかった!?」
 「「「はい」」」
 納得いかさせられた。
 怒ったイリヤには何だか妙な迫力があった。
 藤ねえをも越したかもしれない。
 そんな迫力に押されて、俺と桜はもちろん、セイバーまで神妙な顔をして座っていると、イリヤはまた口を開く。
 「じゃあ握手ね」
 「「「え?」」」
 「三人で握手して。それで仲直り」
 そう言ったイリヤの表情にはさっきまでの迫力はなく。
 年相応の少女のような、可愛い笑顔だったので。
 戸惑いながらも、俺たち三人は素直に握手した。
 お互いの手の感触はとても温かくて。
 どんな言葉よりも、気持ちを伝えることが−−−
 「……で、そろそろいいかしら?」
 「何よリン。感動のシーンに水を注さないで欲しいわね」
 あ、赤いあくまが笑っている。
 なんか、今まで見たことのないぐらいのすこぶる笑顔。
 握手していた俺たち三人も、反射的と言うより生命体の本能として、握手をやめて遠坂のほうに向き直る。無論正座。
 「あら。あなたたち三人には用はないから、そこで青春群像劇だろうと熱血友情ドラマだろうと好きに演じてていいわよ」
 嘘だ。そんな笑顔で言ってるけど嘘だ。
 むしろそんな笑顔で言ってるから嘘だ。
 「ほら、いつまでもシロウたちいじめてないで」
 「……まあいいわ。わたしが聞きたいのはイリヤスフィール、あなたのことよ」
 「いいわよ。まあ、大体見当はつくけど」
 「じゃあ聞かせてもらうわ。何で貴女がここにいるのかしら? 士郎の話を聞いた限りでは、貴女は大聖杯を閉じるために、大聖杯と融合した」
 「『融合』って表現か正しいかどうかって言うのは微妙だけれど、だいたいのところは正解ね」
 イリヤの答えを聞いて、遠坂は幾分苛立って再び問い掛ける。
 「質問に答えてもらってないわ。大聖杯と融合したはずの貴女が、どうしてここに存在しているのかしら?」
 そう、遠坂の疑問はもっともだ。
 さっきまでは、正直なところセイバーのことで頭がいっぱいだったが、イリヤがここにいることだって、本来ならありえないことなのだ。
 遠坂はもちろん、俺も桜もイリヤの答えを待っているのを見て、イリヤは『しょうがない』とでも言いたそうにため息をついた。
 そしてその小さな口を開いて、はっきりとした声で理由を説明する。
 「『理由は?』って言うんなら、答えは簡単。一度は別れたけど、もう一度シロウたちに会いたいと思ったから」
 「いや、イリヤ。そういうことじゃなくて……」
 「何よシロウ。シロウはイリヤとなんか会いたくなかったって言うの?」
 「馬鹿言うな、そんなことあるもんか。でも……」
 何か聞こうとしたんだが、ぷう、と膨れるイリヤを見るとなんだか考えがまとまらない。
 「えーと、だから……」
 「でも、イリヤちゃんが魔力を注ぐのをやめたら、また大聖杯が開いたりするんじゃないですか?」
 そう、それだ桜。
 遠坂もそれを聞いてうなずいている。
 そうだ。イリヤが出てきてくれたのは本当に嬉しいけど、それで大聖杯が再び開きでもしたら……
 そんな俺たちの不安をよそに、イリヤはあっさりと答えを返してくれた。
 「それも大丈夫。天の衣は置いてきたし、手続きもしたから」
 「手続き?」
 「うん。有休申請」
 「……」
 「……」
 「……」
 えーと、なんだろう。
 なんだか、魔術とか聖杯とか、英霊とかサーヴァントとかそういうのとはかけ離れた言葉を聞いたような気がする。
 「えーと、正確に言うと。ユスティーツアおばさまに対して有給休暇の取得を……」
 「誰も『有休』の意味がわからないなんていってないわよっ!!!」
 あ、遠坂が吼えた。
 俺と桜はまだ現実に復帰できてないと言うのに、遠坂は早くもイリヤに食って掛かっている。
 さすが、天才と呼ばれる魔術師は一味違うぜ。
 ごーごーとーさか。がんばれ、れっどでびる。
 「大聖杯を閉じるためにがんばってるんだし。年中無休で二十四時間働きつづけてるんだし、お休みもらったっていいじゃない」
 「そういう問題じゃなくて! どうしてあんたが有休を……」
 「労働基準法の第4章、第39条に……」
 「ああもうわかったわ。アンタがどうして日本の法律にそんなに詳しいのかなんて突っ込んであげない。それで何よ。有休は何日取ったって言うの!?」
 「八十年ぐらい」
 あ、遠坂が倒れた。
 なんだか、自分が今まで信じてきた色々なものが何か不条理なものに捻じ曲げられてショックを受けてるっぽい。
 「まあそんなわけだから。シロウ、リン、サクラ。それにライダーも。これからよろしくね」
 「私も。よろしくお願いします」
 そう言って楽しそうに、ちょっとおどけたようにスカートの両端を持ち上げてお辞儀をするイリヤと、礼儀正しくお辞儀をするセイバーを前にして。
 「ああ、これからもよろしく。それと―――」
 そして、桜とライダーのほうを見て。
 察してくれた二人と一緒に、まだ一度も言ってなかった言葉を口にする。
 「「「お帰りなさい」」」
 「「ただいま」」
 あの戦いで別れた俺たちが、無事に再会できたことを祝うかのように。
 空は晴れ上がり、空気はどこまでも澄んでいた―――
 
 
 
 
 
 
 
 「そうよ。有休取る権利を阻害すると6箇月以下の懲役又は30万円の罰金を受けるって言うなら、それを覚悟すれば問題ないって言うこと―――」
 
 なんだか、まだ復帰できなくて不穏当なことを呟きつづけてるやつもいたが。
 
 
 
 
 
 
 
 
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