ライダーさんの平凡な一日 第15話「一日の終わり」


 夜が明ければ朝が来る。
 そして朝が終われば昼になる。
 そして日が暮れ始め、昼を過ぎ夕方を経てまた夜はやってくる。
 昨日の夜―――いや、正確に言えば今朝早くになるのかもしれないが、遠坂邸で行われた儀式の後、様々なことがあった一日がやっと終わろうとしていた。
「よし、お待たせー」
 そう言って俺が味噌汁の入った鍋を持ってくるころには、テーブルの上には料理が並んでいる。
 健康のためには朝食や昼食が大切だと言われるが、一日が終わってから食べる夕食はどうしても豪華な―――というのはちょっと気が引けるが、まあそれでも多少気合の入った料理になってしまうものだと思う。
 特に昨日はあれだけ色々あって、結局寝ないでいたので朝・昼は簡単に作れるものにしたが、夜になって調子が戻ってきたのでちょっと気合を入れてご馳走を作ってみた。
 セイバーとイリヤが戻ってきたお祝いと言う意味を含めて。

 この家は決して狭いわけじゃないんだが、さすがに一部屋に七人もいると手狭に感じてしまう。
 でもそれは決して嫌なことではなく、とても幸せなことだ。
 それを実感しながら俺は全員にご飯を盛りわけてからゆっくりと、そして厳かに告げる。
「いただきます」
「「「「「「いただきます」」」」」」





 それからしばらくの時が経ち、居間は以前と変わらぬ静寂に包まれていた。
 いや、先ほどと比べてみれば幾分違った空気が流れているかもしれない。
 例えるなら、先ほどの空気は戦いの前の張り詰めた静寂。
 そして今は、戦いの後の弛緩した静寂。
 食事の前後でこんなに変わる家庭ってどうよとは思うが、やむを得ない。
 わが家には猛獣が居るのだ。
 しかも今朝からは二匹に増えた。
 そしてそのうち片方が俺の視線に気づいて問いかけてくる。
「―――シロウ、なにか言いたそうですが」
「いや、そんなことは無いぞ」
 今更セイバーの食いしん坊万歳っぷりをどうこう言っても始まらないし。
「いやー、セイバーちゃんと一緒だと食が進むわねえ」
 そしてまるで他人事のように言うもう一匹の猛獣。
 やっぱり人生において強敵と書いて友と呼ぶ存在は必要なのだー、とか言って一人うなずくのは結構だが、一応嫁入り前の女性が茶碗で五杯も食べるのはどうだろう。
 いや、セイバーは丼で三杯だったが。

 久しぶりの―――いや、全員集まった初めての食事風景を思い返してみる。

「ああっ! その天ぷらは私が食べようと―――」
「ふっふっふ。甘いわねセイバーちゃん。イギリスに帰って勘が鈍ったのかしら?」
「挑まれて、それに背を向けるわけには行きません。受けてたちましょう。そしてシロウ、お代わりをお願いします」

「ライダー、これ……(小声で)」
「はい。わかりました(小声で) 士郎、サクラにもお代わりをお願いします」
「しゃべっちゃダメでしょっ!」

「ほんと子供よねー」
「あんたに言われると違和感が無いのは何故かしら」


 一般家庭とはかけ離れてる気がしないでもないが、それでも平和だった。
 ちなみに獅子と虎の争いは痛みわけに終わった。
 具体的に説明すると、二人が争ってる間にライダーとイリヤがこっそり食べた。
 っていうかどうなれば勝ちなのかはさっぱりわからない。


 そうそう、藤ねえといえばもう一つ。
 セイバーとイリヤの二人と同居するにあたり、まず問題になるのは藤ねえだった。
 一応俺の保護者なので黙っているわけにはいかない。
 そう思って食事前に気合を入れて藤ねえとの交渉にあたったのだが―――
「うん、いいよ」
 あっさり許可された。
 いや、許可されるのが嫌ってわけじゃなくむしろラッキーなんだが、あまりにあっけなさ過ぎて拍子抜けした。
「……いいのか?」
 不安に思って、念のためもう一度聞いてみるが藤ねえの態度は全然かわらなった。
「うん。セイバーちゃんは切嗣さんの知り合いの娘さんで、イリヤちゃんは切嗣さんの娘さんなんでしょ?」
「あ、ああ。そうだけど……」
 そう。今回藤ねえと初顔合わせになるイリヤのことは正直に『切嗣の娘』と言うことで説明した。
 遠坂と桜はもっと別の言い訳にしたらどうかといったのだが、それは嫌だった。
 イリヤは正真正銘切嗣の娘なんだし、そう言うことで藤ねえを騙したくはなかった。
 それにイリヤも喜んでくれた。
 だけど、こんなに簡単に受け入れられるなんて―――
 俺はまた
「一つ屋根の下に女の子五人とドキドキ同棲生活なんてどこのラブコメじゃー!!!」
とか
「そんな、遠い国から妹が慕ってやってきてはじめましてお兄ちゃんなんてダメー!!!」
 とかわめいて暴れ出すと思っていたのだが、あっさり納得した。
 あまりに予想外の反応だったので、俺と桜と遠坂はもちろん、こっそり暴れ虎鎮圧の命を受けていたライダーとセイバーまで驚いた。
 そしてそんな反応を見て、藤ねえは何かを諦めたように呟く。
「士郎ももう十八歳。士郎が切嗣さんに追いつこうとするのを止めるのも難しい年だわ……」
 いや、ちょっと待て。
 確かにそれは俺の目標だったけどそれはそんな悲しい目で言われることではないはずで。
「五人じゃまだ追いついてないけど」
 いやほんとちょっと待て。
 オヤジ『女の子を泣かせちゃいけないよ』とか言ってたけどそれはひょっとして。
 心の中で問いかけながら空を見上げると、オヤジは銀髪の美しい女性にボコられていた。
「あ、ママだ」
 ああ、あれがイリヤのお母さんなのか。
 願わくば、俺の分も殴っといて下さいお願いします。





 まあそんな一幕があったが、同居のオッケーがでたので夕食にして、お祝いと言うことで豪華な食事にしてみた。
 作ってる最中は作りすぎたかと心配になった食事もあっさりなくなり、後片付けをしたり順番に風呂に入ったり、今後の食費を考えて青くなったりしていると結構いい時間になっていた。
「そんじゃ、お姉ちゃん帰るねー」
「うん。それじゃあな」
「じゃ、また明日―」
 自宅に帰る藤ねえを見送り、戸締りをしてから居間に戻る。
「そんじゃ、そろそろ寝ようか」
「そうね。昨日は結局ほとんど寝てないし」
「確かにちょっと疲れましたね」
「シロウ、わたしたちはどこに寝ればいいの?」
「あー、そうだな。とりあえず前と同じでいいか?」
「えーと。和室だったかしら?」
「うん」
 元々武家屋敷だったらしいうちは部屋数が多く、使ってない部屋も結構ある。
 客間は遠坂と桜、それにライダーが使ってるけど他の部屋は基本的に手つかずだ。
「あ、お布団は昼のうちに干して押入れにいれてありますから」
「ありがと、サクラ」
「イリヤ、布団敷けるの?」
「失礼ね、リン。それぐらいレディのたしなみよ?」
「いや、それ違わないかちょっと」
 そんなことを話しながら、廊下をみんなで歩いていく。
 そして俺の部屋の前でちょうど皆別れることになる。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「お休みなさい」
「お休み」
「うん、おやすみ」
 遠坂と桜とライダーは客間に向かい、イリヤは反対側の和室へ。
 そして俺とセイバーは目の前の部屋に
「ちょっと待ちなさいっ!!!」
 入ろうとしたところで遠坂に止められた。
「何だよ遠坂。もう寝る時間なんだし、そんな大声出すなって」
「そうです、凛。いくらこの家が広いからと言って、あまり大きな声を出すのは近所迷惑になるかと」
 セイバーと二人でそう嗜めると、遠坂はまだなにか言いたそうにしているが上手くまとまらないのか顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
「せ、先輩! それにセイバーさんもなにを……」
 今度は桜だ。
 確かに桜は最近明るくなってきたんだが、こんな時間に大声出したりするのはどうかと思う。
「何って、寝るんだけど」
「そうです桜。さっき就寝の挨拶をしたばかりではないですか」
 桜もまた遠坂と同じように少しの間口をパクパクさせていたが、少ししてまた叫ぶ。
「そうじゃなくて! なんでセイバーさんが先輩の寝室に入って行くんですか!」
「そうよ! しかもとってもナチュラルな感じで!」
 あ、遠坂も復活した。
 二人で叫んで、そのままこっちをにらみつけてくる。
 しかし、そんなことか。
「二人とも、誤解してるぞ?」
「そうです。いくらこの身がシロウの剣となり盾となることを誓った身だからと言っても、同じ部屋で寝ることなどあるわけないではないですか」
 はあやれやれ、と二人でため息をつくと遠坂と桜も冷静になれたのか、気まずそうな表情でこちらを伺っている。
「じゃあ……」
「ああ、それは聖杯戦争のときから変わらないよ」
「そうです。私の寝室はシロウの寝室の隣です」
「ふすま一枚しか隔ててないじゃないのよっ!!!」
 赤いあくま、咆哮。
 遠坂の剣幕と叫び声の大きさはマックスパワーの藤ねえすらしのぎそうな勢いだった。
「そうです! 部屋だったら他にもたくさんあるじゃないですかっ!!!」
 桜も負けてはいなかった。
 いや、こんなとこで姉妹らしく絶妙のコンビネーション見せられても困るんだが。
 でもまあ、二人の言いたいことも少しはわかる。
 ここ最近、毎日のように朴念仁だの何だのと言われているが俺だって進歩しているのだ。
「さっきも言っただろ? 聖杯戦争の時だってこうだったんだ。二人が心配してるようなことは起きないよ」
 決して大きな声をあげず、あくまで普通の声でそう言う。
 それで二人とも冷静になれたのか、それ以上騒ごうとはしなかった。
「まあそうね。士郎が夜這いかけるような甲斐性あるわけないし……」
「そうですね。それならわたしだって苦労しません」
 ……なんだろう。なんだか果てしなく不本意な納得のされ方をしている気もするんだが。
「で、そろそろ話は決着ついたのかしら?」
「あ、ああ。すまない」
 声をかけられて振り返ると、イリヤがあきれたような顔をしてそこに立っていた。
 いや、最初からずっといたんだが。
「リン、パジャマ貸してくれないかしら?」
「……何よそれは」
「わたし、着替えとか持ってないから。誰かに借りなきゃ寝られないじゃない」
 ああ、そりゃそうだろう。
 イリヤは前も着ていたあの服だし、あの状況じゃ着替えなんかあるわけもない。
 こんなことなら昼のうちに買い物とかしときゃよかったな。
 とか俺がそんなことを思ってる間も遠坂との交渉は続いている。
 いや、交渉とか言うほど大層なことでもないとは思うが。
「何でわたしが」
「サクラのスケスケのネグリジェはいやだし」
「イリヤちゃん、何を―――」
「まあ確かに、あれはわたしもどうかと思うけど」
「姉さん!?」
「じゃあ、ライダーに……」
「だめです。せっかく士郎のYシャツをひそかに入手したのですから」
「ライダー?」
「それより今はイリヤスフィールの寝間着の話ではないのですか?」
 交渉はまったくまとまる気配を見せない。
 『女三人寄れば姦しい』と言うが、四人になればその分姦しさも比例して増えるものらしい。
 まあ、しょうがない。こんなところで延々言い争っていてもしょうがないし、ここはひとつ助け舟を出してみよう。
「じゃあ、俺の―――」
「しょうがないわね。貸してあげるわ」
 助け舟は到着寸前に撃沈された。
 いや、話が済んだみたいでいいと思うんだけど、何で俺を睨むんですか遠坂さん。
「それでセイバーはどうする? あなたも着替えなんか持ってないでしょう?」
 しかもひとしきり睨んだあとにフォローもなくセイバーに問い掛けてるし。
 前々から思ってたんだが、この家の家主が俺だと言うことを覚えてる人間は何人いるんだろう。
 そんなことを思っていると、セイバーはいつもの冷静な口調で返事をした。
「いえ、お気遣いには感謝しますが凛の手を煩わせることはありません」
「何よ。一人も二人も変わらないし、気にしなくていいわよ?」
「いえ、わたしは寝るとき何も着ていませんから」



 時が、止まった。
 それはもう「ロードローラーだッ!」って感じで止まった。
 そしてその時の止まった世界から最初に離脱したのは遠坂だった。
「ごめんセイバー、よく聞こえなかったの。もう一度言ってくれないかしら?」
「? かまいませんが。『わたしは寝るとき何も着ていません』と……」


 セイバーは、
 夜寝るときに、
 何も着ていない。


つまり、えーと、なんだ。

「何よそれはーっ!!!!」
 俺の思考が混乱している間に遠坂が叫んだ。
「そ、そうですっ! セイバーさん、夜寝るときに何も着ないなんてそんなあのはしたない!」
 桜も負けてはいない。
「じゃあ、わたしもリンのパジャマ借りるのやめて裸で寝ようかしら」
「イリヤ!」
「それともシロウは下着だけとかそっちのほうが好みかしら。セイバー、知ってる?」
「わわわ私が夜寝るときに何も着ないのはただの生活習慣であって、別にシロウの趣味嗜好は関係ありませんっ!」
「そんなわけないでしょっ! 万が一あんたがそう思ってないにしても、隣の部屋でセイバーがそんな格好で寝てるなんて知ったら士郎だってあらぬ行動しちゃうかもしれないじゃないっ!」
「どうなんですか先輩っ!」
「いやあの、それは―――」
「待ってください、サクラ」
 どう答えたものかと困っているとっていうか、話に聞くアトラスの錬金術師の並列思考ってこんな感じなのかなと思えるほどに頭の中でさまざまな思考が迷走する中、助け舟を出してくれたのはそれまで黙っていたライダーだった。
「どうしたのよライダー」
「そうよ。さっきも言った通り、いくらこの朴念仁だって隣の部屋にそんな格好のセイバーがいたりしたら」
 そう言ってなおもわめきたてる遠坂と桜をなだめるように、ライダーはあくまで冷静に言葉を続ける。
「安心してくださいサクラ、リン。士郎の趣味はいたって真っ当です」
「どういうこと?」
「凛ならともかく、あのように―――」
 そう言ってセイバーと、なぜかイリヤの方を見る。
「出るところも出てないいお子様方に欲情するとは思えません」
 それだけいうとふっ、と鼻で笑った。



 ぎしっ。
 今度は空気が固まった。
 それはもう、あの大空洞に通じる洞窟での戦いそのままに。
「イリヤスフィール、質問があります」
「何かしら? セイバー」
「聖杯からの供給は完璧ですね?」
「ええ。遠慮はいらないわ」
「ありがとうイリヤスフィール。そして、さらばだライダー」
「女の魅力で勝てないとわかって力押しですか。それだから子供だと言うのです」
「問答無用っ! 約束された―――」
「騎英の―――」
「勝利の剣!!!」
「手綱!!!」

 そして今日も衛宮家では爆音が鳴り響く。
 そんな平凡な我が家の夜。





追記:
 結局その晩は朝まで聖杯戦争の再現かって感じで戦って次の日マウント深山商店街で二人のパジャマを買いに行くことになりました。
 っていうか、あの戦いで全壊しない我が家は大空洞より頑丈なのかもしれない。
 ありがとうオヤジ。でもしばらくイリヤの母さんにボコられててくれ。





後書きとおぼしきもの


 と、いうわけで。セイバー&イリヤ復活後の話(夜編)です。

 なんかお待たせした割にはこんなんですがー。

 とりあえず、これで俺の中では一段楽したので次からは平凡な一日モードに戻ることになります。多分。
 さすがに全キャラは出し切れないからライダー+誰かって感じで。
 でも、ライダー抜きで書きたいネタも歩きがするんだよなあ。
 まー、それは『外伝』って感じで短編で出せばいいのかなー。そんなたいそうな話は書けませんがー。

 ではまた次のお話で。
 次はGWあけてちょっとしてからぐらいに、ライダーとセイバーの話書こうかなー,とか漠然と。

2004.05.04  右近