ライダーさんの平凡な一日 第26話「ほろー・あたらくしあ#4 幻想」

 衛宮家の朝は早い。
 住んでいる人間の数を改めて数えてみると、男一人と女五人の総勢六人。しかも『それどこのハーレム同居もの?』と聞かれそうな男女比だが、それについて今更言い訳する気もないのでそれは放置する。
 さておき、そんな人数の朝食を用意するとなればそれなりの時間が必要で――休みの日であろうと規則正しい生活を送る騎士王がいることを考えると、昼前までぐうたら寝ているわけにもいかない。
 そんなわけで朝食の準備をする人間は早起きする必要があり――まあ別にそんな理由がなくても割と早くに目を覚ますが、ともかく朝は早いのである。
 んでもって衛宮家の料理担当は今更言うまでもなく家主の士郎の他には凛と桜であり、凛が早起きなんぞ出来るわけがないので、結果として朝食当番となると士郎と桜になるわけである。
 勘違いしてもらっては困るが、それが嫌と思ったことなんて一度もない。確かに寒くなってくると、正直なところ朝は辛かったりするけれど。
「それでも、先輩と二人っきりでいられる貴重な時間ですから」
 だから桜は今日も頑張る。幸せそうな――いや、本当に幸せな笑顔を浮かべて。



 朝起きて、みっともなくない程度に身だしなみを整えたら台所へ。少し離れたところにたどり着いたらもう一度どこかおかしいところがないのかチェックをしてから軽く深呼吸。
 そして『よし』と軽く気合いを入れて台所へと。
「おはようございます」
 朝らしく爽やかに、そして明るく挨拶をしながら台所へ。
 しかし、そこには誰もいなかった。
「……いませんね」
 士郎がいない以上、ここには自分しかいない
 と言うことはわかりきっているけど、それでも
 何となくそう呟く。しかしそれは落胆の言葉なんかじゃなく。
「よし」
 もう一度気合いを込めるように、そして本当に嬉しそうにそう呟くと、士郎の部屋へ。もう一度深呼吸をしてから「先輩、朝ですよ」と小さく声をかけながら――間違ってもその隣に眠るセイバーには聞こえないように小さな声で呼びかけながらふすまを微かに開く。
 そしてもう一度中に「先輩?」と声をかけてみても返事はなく、ふすまの隙間から中を覗き込んでみると、やっぱりもぬけの空だった。
「布団が敷きっぱなしっていうことは……ちょっと早く目が覚めたから土蔵で鍛錬でもしてるんですかね」
 これもまあ、珍しいことではない。稀にセイバーと一緒に道場で剣の訓練をしていることもあるが、庭に出てみても道場の方からは何も聞こえてこないのでそれはないだろう。
 となると、残るは土蔵――衛宮士郎という魔術使いにとっての『工房』しかないわけで。
「先輩、いますかー?」
 土蔵の扉はノックすると拳が痛いので――いやまあ拳を魔術で強化すれば平気なんだけど、それもどうかと思うので扉を開けながら声をかける。
 魔術の鍛錬中だったら変なことをして集中を見だすのもまずいから小声で、そして扉の隙間から中を覗き込む。
「……先輩?」
 明かりこそついてないけど、外から朝の陽の光が射し込む土蔵の中は明るくて――真昼のように、とはいかないまでもそれでもしっかり中を見渡せる土蔵には誰もいなかった。
「……せん、ぱい?」
 そう、衛宮士郎はどこにもいなかった。




「……で、士郎が何処にもいないって?」
「そうなんです。すれ違いになったのかと思って寝室も見てみましたし、ひょっとしてと思ってトイレもお風呂も見てみたけど、どこにもいなかったんです!」
「……で、わたしが士郎の居場所を知ってるとでも?」
 気が動転しているのか、朝だというのに大きな声でまくし立てる妹に対して不機嫌そうに問いかける。不機嫌そうというか不機嫌なんだが。具体的な理由は朝も早くから叩き起こされたから。
「まさか。もしそう思ったら起こさずとどめを刺しています」
「……喧嘩売ってるのかしら?」
「嫌です、冗談ですよ」
「そうよね、わたしももちろん冗談」
「ですよねー」
 そう言って二人とも、心底明るい声で笑いつつ――それでも心の中でと言うかリアルに拳の握りしめあいながら言葉を交わす。
 感情にまかせて力をふるう魔術師は三流以下だ。力をふるう時は見極めて、まずは情報を手に入れて状況を確認すること。
「……で?」
「いないんです」
「それは聞いたわよ。士郎がいないんでしょ?」
「いえ」
 あくまでもったいつける妹に若干いらついてきたが、それでも凛はまだ拳は奮わない。
 士郎が本当に行方不明だとしたらそれは事件である。忘れがちだが聖杯戦争のあれこれの当事者である士郎や桜、それに凛だって全てが発覚したら魔術協会に拉致ぐらいされてもおかしくないのだ。
 もしそれが現実なら――考えたくはないが、協会と戦う必要が出てくる。とすればこんなところで魔力の無駄遣いは出来ないし、貴重な――そして強力な戦力になる桜と戦っている暇なんてない。
「みんな、いないんです」
「……みんな?」
 一言ずつ、区切るように言った桜に対してそう問いかける。
「ええ。先輩だけじゃなく、イリヤちゃんもセイバーさんも、それにライダーも」
 姉の問いに桜はそう返し、その手にある物を差し出す。
「そして、ライダーの部屋にこんなものが」
「……なるほど」
 そしてそれを見た瞬間、凛も全てを理解した。
「出るわよ。二分で支度なさい」
「わたしはいつでも出られます。姉さんこそ手早くお願いしますね」
「言ってなさい」
 そう言って凛は不敵に笑い、さっきまでの起き抜けで寝ぼけた姉の顔から戦いに挑む魔術師の顔へと。
 戦い――そう、戦いだ。
 先程まで懸念していた魔術協会との戦いではなく、しかしある意味それ以上の相手との戦い。しかし凛は退かない、退くわけにはいかない。そして退く必要がない。だって今、自分の隣には。
「じゃあ、行くわよ」
「はい」
 遠い昔に別れて、そして再び姉妹になれた、大切な妹がいるのだから。
 さあ、奴らに――好き勝手してくれる奴らに怒りの鉄槌をくれてやりに行こう。







 刮目し覚悟せよ二人の娘。
 汝等が目にするのは目映い剣。
 純白の装束に身を包んだ、汚れなき理想の具現。

 ――ここに。
 終わりにして絶対不落の、真なる守り手が存在する。



「――貴様等が何者であるか、是非は問わぬ」
 スパーンといい音がした。
「凛。前から思っていたことなのですが、魔術師だというのにとりあえず言葉より先に手が出るのはどうかと思うのですが」
「五月蠅い。まあその格好見れば今更って気もするけど、とりあえずこれはどういうことなのか説明して貰いましょうか」
 そして凛がセイバーの眼前につきだしたものは、一冊の雑誌。今さっき、セイバーの頭をはたいていい音を立てたものだが。
「そこに書いてあるじゃないですか。『結婚準備はゼク○ィ』と」
 そう誇らしげに言うセイバーの装束は、その手に握る白銀の剣とは不似合いな純白の装束。
 それは女性であれば誰もが夢見る幻想の具現。
「思ったより多少早かったですが、凛と桜が追撃してくることは予想していました。殿として貴方たちを退けた後に、そこの教会へと向かいます」
 そう。その身に纏うは純白の、例えるならば白百合のごときドレス。
 幻想が力を得るというのなら、この世でウェディングドレス以上の礼装はあるだろうか――
「さあ、死力を尽くして来るがいい。私たちを阻もうというのなら、この剣にかけて貴方たちの挑戦に応えましょう――!」
 そして純白の衣装を纏った騎士王は――かつて、ブリテンのために生きると決めた時に一度は捨て、そして紆余曲折の末に少女たちの幻想を身に纏った騎士王は黄金に輝く勝利の剣を振りかぶり。
「わたしたちも、ここまで来てすごすごとは帰れないのよ――!」
 真紅の衣装に身を包んだ魔術師はその手に光り輝く宝石を握りしめ、宝具を手にした英霊相手といえども戦意を欠片も失いはせずに振りかぶり。
「沈め」
 桜がそう言った瞬間、セイバーの足下が汚れた泥に覆われてずぶりと沈んだ。
「さ、桜? こ、これは――」
 そして絶対無敵の騎士王は、そのままずぶずぶと泥に飲み込まれていく。勿論逃れようとするものの、泥はまるで生きているかのようにセイバーを包み込む。
「えーと、桜?」
 そしてつい一瞬前にはセイバーに対して決死の攻撃を仕掛けようとしていた凛は、妹に向かって問いかける。若干声が震えているのは気のせいだということにしておこう。
「なんですか、姉さん?」
 問われた桜はと言うといつもと変わらぬ優しい笑みを浮かべ、そう答える。
 ただその髪はまっ白に染まり、黒地に赤ストライプでボディにフィットし感じの服だったりしたが。
「いやその――」
「ちょっと待ってて下さいね? 聞き分けのない人はもう一度黒くなって反省してもらいますから」
「桜、ちょっとそれはシャレにならない!」
「そうよ桜、ストップ! とりあえずそこで止まって! そしてその黒いのとかヒラヒラしたのとかしまって!」
 そして事ここに至っては敵とか味方とか言ってる場合じゃないというか未曾有の恐怖再びとかマジ勘弁。
「少しぐらいの悪ふざけだったら見逃してあげますけど、先輩と一緒に結婚式ですかそうですか。そこまでやるって言うなら容赦も加減も何もありません。全部まるっと飲み込んであげるからライダーもとっとと顔出しやがれ?」
 しかしながらどうやら越えてはいけない一線を越えられてしまったっぽい桜は止まることなく、それはまさしくアンリ・マユ真っ青の迫力だった。
「セイバー、ライダーは何処? とりあえず士郎を連れてきてライダーと二人で死ぬ気で謝りなさい!」
「ライダーなら『サクラとリンが近づいています。私は士郎を連れて先行します』と――」
 もう腰ぐらいまで飲み込まれたセイバーがそこまで話した時、教会からパイプオルガンの荘厳な音楽が聞こえてきた。
「この曲は」
「『結婚行進曲』ね」
 そう、それはごくポピュラーで日本人の大抵の人が『結婚式』と聞いて真っ先に思い出すあの曲だった。
「セイバーさん。確認させてもらいますけど、ライダーは『士郎を連れて先に行った』のよね?」
「はい。そのように」
 桜に問われ、セイバーがそう答える間も曲は止まらずクライマックスへと突き進む。
 その場にいる三人は揃って言葉を失い、そして曲が終わる。
 それに伴い『泥』は消え、セイバーは大地へと帰還する。
 凛はいつもの姿に戻った桜とうなずきあい、力強く教会を指差す。
「セイバー、やっちゃいなさい」
 そしてそれを聞いたセイバーはこくりと頷き。
「約束された――」
 先刻振りかぶられた、絶対の勝利を約束された最強の幻想が解き放たれる。
「勝利の剣――!」
 その日、冬木市から教会が一つ消えた。













 おまけ

「教会を破壊するなんて不信心にも程がありますね」
「黙れこの腹黒シスター」
 翌日、衛宮家今には凛とカレンの姿があった。
「なにをおっしゃいますやら。私は自分の管理する教会に『結婚式を挙げたい』という知人が来たので取り急ぎ望みを叶えようとマッハで式を進行していたというのに」
「仮にも宗教儀式をマッハで行うなっていうか、新郎が簀巻きにされてる結婚式なんて許されるわけないでしょうが!」
「すみません。この国に来て日が浅いもので、そう言う風習があるものだとばかり」
「こいつは……」
 テーブルを挟んで対面に座る、一応シスターらしい娘を睨みつけるが当然のごとくそんなことで応える人間は聖堂教会にいやしない。
「ちなみに新婦は?」
「『マスターによるサーヴァント折檻』て言う光景見てく?」
「興味はありますが、遠慮しておきます。準備がありますので」
「……準備?」
 突然よくわからないことを言われて思わず間抜けな言葉を返してしまうと、カレンは楽しそうにくすりと笑うと立ち上がった。
「引っ越しのです」
「誰の」
「勿論私ですが」
「……どこに?」
「ここに」
「え?」
「貴方たちの手によって私の職場兼住居であった教会が跡形もなく消し飛びましたので、こちらに住まわせて貰うことになりました。ちなみに家主の許可は得ていますのでこれで」
 そして言うことを全部言ったので用はないとばかりに立ち上がり、カレンは奥の部屋へと向かっていった。
「……え? 何?」
 凛が状況を把握できるまでに後数分の時間を要し、ライダーへの折檻を終えて帰ってきた桜にも伝えて士郎に詰問しに行くのはまた少し後になるが、とりあえず衛宮家に住民が増えるのは決定っぽい。







後書きとおぼしきもの


 死ぬほどお久しぶりです、右近です。
 正直もう書くことはないだろうと思っていたけど、暇つぶしに入ったゲーセンでアンリミが100円2クレだったので今更初プレイしたら「やっぱり俺はライダーが好きすぎる」という結論に達してそのまま書いた。
 の割にライダーの出番がないのが不思議って言うか初めて?
 まあたまにはいいだろとかそんな感じで。
 そんなわけでまた気が向いたら忘れたころに書くかもしれません。書かないかもしれません。
 

2009.02.02微妙に修正  右近