青の青、その恐怖






 その輝きは豪華絢爛。ただ一人からなる世界の守り。





 熊本県熊本市、南熊本駅のそばにある一つのビル。
 他世界間企業株式会社アルファ・システム本社ビルの一室に青い光が集まり、そこには一人の男が現れる。
 目が覚めるような鮮やかな青い髪と青い瞳を持つ男。
 彼の名は速水厚志。
 青(ガンプ)のオーマの長にして、おそらくこの企業で―――いや、ひょっとしたらこの世界で最も大きい戦力を持つ存在。
 その両手には何も携えておらず、着ている物は何てことないただの普段着である。
 それでも厚志はあらゆる存在に勝つ。手段など問題ではない。厚志が『勝つ』と決めたら絶対に勝つのだ。
 それが速水厚志。
 ガンプの長、青の青たる男だった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「あれ、珍しいね。ふみこさんが出迎えてくれるなんて」
 第六世界への出張から帰ってきた厚志を出迎えたのは、萩ふみこ。
 アルファ・システムにおいては先輩社員であり、そしてガンプ・オーマのアラダの一員たる魔女だった。
 以前『萩さん』と呼んだら怒られたのでそれ以来下の名前で呼ぶようにしている。
 他人を下の名前で呼ぶことには慣れていないのだが、当人の要望ではしょうがない。
「マイトとイイコは出張中、ニーギとクルスは来客の応対中よ」
 そう言うとふみこは部屋を出て行く。
 まるで着いてくることが当然だとでも言いたげなその歩みには何の迷いもなく、厚志は苦笑を浮かべつつその後を続く。
「あの二人が応対? 広報とかの仕事じゃないの?」
「来客と言うのが二人の知人だったものだから。あの二人の『知人』が広報の手に負えるわけはないでしょう?」
「まあ、そりゃそうだね」
 二人とも、青に連なる名うてのアラダだ。
 その二人の共通の知人が一般人と言うこともないだろう。
「で、その『お客さん』ってどんな人なんだい?」
「直接会えば判るわ。貴方にも会いたいようだったし」
 それで私が迎えに出たのだけれどもね、と続けてふみこはかすかに、ほんのかすかにくすりと笑った。
「僕に? ……誰だろう」
 今まで『渡ってきた』世界を思い浮かべる。様々な人々の姿が思い浮かべられるが、どうもしっくりこない。何か違う気がする。
「貴方にとっても共通の知人のはずだけど?」
 そんな厚志を見てふみこは愉快そうに笑い、そう言って通路の脇に立って道を明けた。
先に行けと言うことだろう。
 ふみこのそんな笑みを見て、わけもなく不安になりながらも厚志は歩を進める。
 目の前にあるのは何の変哲もない扉。その扉には『第2特別応接室』と書かれたプレートがかかっている。
 まあいい何もせずに悩んでいるのは自分たちの性に合わない。
 まず行動だ。
「失礼します」
 軽くノックしながらそう呼びかけ、扉を開けて中を一瞥してその中にいた人物を見て驚いたがそれでも瞬時に立ち直り扉を閉めて百八十度ターンしてダッシュで逃げようとした背中に応接室の扉が直撃した。
「ぐわっ!」
 端も外聞もなく悲鳴を上げた。
 ああ、ちなみに『扉が直撃』というのは『開いた扉にぶつかった』と言う意味ではなく『蝶番を弾き飛ばした扉が一直線にすっ飛んできてそれがぶつかった』と言うことである。
 よって厚志は廊下の上に倒れ伏し、その上には結構重たい扉が乗っかっている。
 いや、扉の重さ自体は大したことないのだが。
 問題は扉のなくなった応接室から出てきた一人の女性。
 扉についた足形から、扉を(蹴りで)吹き飛ばしたのはこの女性だと推測される。
 それはおそらく先ほどから話題に上っていた客人。
 長旅のせいか全身擦り切れ、薄汚れてはいたけれどもその威厳と美しさは微塵もゆるいではいなかった。
 黒く美しい髪を後ろで結び、凛と輝く強い意志を秘めた瞳はただ前を向き、その奇妙な服―――制服の肩口にはこれまた奇妙な模様が縫い付けてあった。
 しかしそれは見慣れた模様。
 黒猫を模したその模様は、あの熊本の戦車学校
 ぐり
「ぐあっ!」
 感傷に浸っていたら扉ごと踏まれた。
 しかもぐりぐりと踏みにじられているらしい。
「痛い、痛いよ舞!」
「ああ、すまない厚志。まさかそんなところに挟まっているとは思わなかった」
 七つの世界を渡り歩くオーマのうち最強とたたえられる青の長、『青の青』速水厚志は扉ごと舞に踏みにじられながらこれ以上ないってぐらい情けない悲鳴を上げ、その悲鳴を上げさせた張本人であるところの芝村舞はいけしゃあしゃあとそう言った。
「なにはともあれ久しいな、厚志。もう3年になるか」
「あ、うん。もうそんなになるかな」
 そんな会話をしつつも舞の脚はどかない。扉の下から抜け出ることも出来ない。
 這いずって抜け出そうと思ったらなんだか絶妙な体重移動で動きを封じられた。
 それでもなんとか首を動かす。
 部屋の中を見る。
 ニーギがなんだか微妙な笑みを浮かべているけど助けてくれそうな様子はない。
 その横にいるクルスは目をそらした。ああ、なんだかこんなやり取りも昔みたいで懐かしい。
「踏子、ご苦労だったな。この礼はいずれしよう」
「それには及ばないわ。それに貴方に『礼』などと言われてはぞっとする」
 くそ、ふみこは全部知ってたっぽいって言うかあからさまに楽しそうだ。
 とりあえず状況分析。
 助けなし。
 他勢力の影響による状況打破が見込めない以上、自分の力しか頼れない。
「えーと、舞。どうやってここに」
「お前たちと同じだ。『渡った』」
「いや、どうやって」
 第五世界は完全に閉鎖されているはず。だからこそセプテントリオンは様々な策を弄しているというのに。
「芝村に不可能はない」
 愛すべき芝村の末姫はそんな一言で全ての説明を終わらせてくださいました。
「いやあの、そうじゃなくて」
「手段など問題あるまい。渡る必要があったので私は世界を渡った。それだけの話だ」
 取り付くしまなし。
 ああ、こんなやり取りも懐かしい。
「ところで今日はどのような御用向きで」
 思わず卑屈になってそう聞いてみると、脚の力が若干弱くなった。
 そしていつもどおりの凛とした声ではっきりと答えを返してくれる。
「待つのは飽きた。だからお前―――厚志に会いに来た」
 あ、多分赤くなってるな。
 相変わらず扉の下敷きになったままだから顔は見えないけど、それぐらいは理解できる。
 だってたった一人の愛する人なんだから。
「舞……」
「会いに来た、のだが」
「はい?」
 あ、怒ってる。
 相変わらず扉の下敷きになったままだから顔は見えないけど、それぐらいは理解できる。
 だってたった一人の愛する人なんだから。
 いや、思わずリピートしてる場合ではなく。
「舞、何か怒ってない?」
 とりあえず勇気を出して聞いてみた。
「私は半日ほど前にここに来た」
「はい」
 とりあえず脚をどけてくれるつもりはないらしいのでそのまま聞くことにする。
「受け付けで名を名乗ったところ、ニーギとクルスが出てきてくれた。久方ぶりの再開を喜び合ったぞ」
「よかったじゃないか」
 なんか、僕の場合と全然違う気がするんだけど。
 そんな突っ込みを入れたかったけど入れると確実に状況は悪化するので何も言わないでおく。
「お前がいないので理由を聞いたら『出張だ』と言う答えだった。その『出張』の詳しい内容を聞いてみたところ、須田と名乗る男が今回の資料と言うものを受け取った」
 そう言うと、ちょうど目の前にA4サイズの冊子を落とされた。
 そうそれは今回の異世界出張の説明書。
 第七世界中からかき集めた人材に配られたオフセット印刷表紙フルカラー48ページからなるその冊子の表紙にはこう記されていた。
『108人ゆかりタンゲット大作戦』
 確か第一隊が出発するときに渡されたものは何の味気も無い、厚さも半分ほどの「旅のしおり」だったと思ったんだが。
 こんなもの更新してる暇があったら他にもっとすることがあるだろうと思うけど、なんかそれも今更な気もするしいつものことなので厚志は何も言わずに舞の言葉を待った。
「その須田と言う男から聞いた。お前はそのゆかりと言う女を救うために自ら望んでもっとも危険なところへと向かったらしいな」
 いや、それに嘘は無いけどそれはただ単に戦力の問題からそうしただけであって。
 ああでもきっと余計なこと吹き込まれてるだろうから何言っても聞いてくれないだろうな。
 須田は一発殴ってやろう。本人も覚悟の上のことだろうし。
「そして四十九人の『ゆかり』を救出したらしいな。来栖と新井木のコンビよりも多い人数だったそうじゃないか」
 余計なことを、と思って部屋の中へと首を捻じ曲げるのと窓をぶち破って二人が飛び降りるのは全く同時だった。逃げやがったな。上司をなんだと思っているのか。
「さらにはその『ゆかり』とそれはもういい思いをしたらしいな」
「いやちょっと待ってそれはさすがに見に覚えがないぞ」
 そういった瞬間に廊下の奥でリューンの反応を感じ、数瞬の後にそれは消失した。
 ああ、ふみこがどうも楽しそうだと思ったらこんなろくでもない置き土産残して自分は第6に飛びやがったなコンチクショウ。
「まあいい、罪は償えば済むだけの話だ」
「いや舞、僕の話も―――」
 そんな厚志の声は、舞の左手から放たれる青い光の前に消し飛ばされた。





 それは夜が暗ければ暗いほど、闇が深ければ深いほど、煌々と照らす一筋の灯
 それは悲しみが深ければ深いほど、心が痛めば痛むほど、燦然と輝く一条の光
 その心は闇を払う銀の剣
 その涙は闇を払う金の翼
 それは二つからなる一つのもの、互いに引きあい、手をふれあう
 夜明けを告げる騒々しい足音がやってきた。踏みつぶされたくなければ道を開けろ―――!






 かくして伝説に語られる銀の男と金の女は揃い、青のオーマは復興を果たす。
 今後、その目の前に立ち塞がる諸々はその足で踏み潰されよう。


「舞、そろそろどいてくれないかなあ」
「貴様の浮気癖が治ったら考えてやろう」

 とりあえず今踏み潰されているのは銀の男だが。






後書きとおぼしきもの


 すいません出来心だったんです(挨拶
 いや、日記にも書きましたがメッセで四条さんとアルファ関連の話をしてて、なんかムラムラと書きたくなって。
 構想五分、執筆時間三時間ぐらいでずばばばばーっと。
 まああれだ、書いてて楽しかったので俺としては大満足。

 さておき、一応内容としては式神Uのノベライズである式神の城U Paradise Typhoonの後の話。
 このころには第五世界は閉鎖されてるはずで、舞は厚志の帰りを待っているはずなのですが。
 俺としては舞は厚志の隣りにいて欲しいので来させちゃいました。
 すべてを終わらせて厚志が舞のところに戻るってのもいいけど、やっぱ舞は厚志の隣りで戦うべきだと思って。

 ……いやまあ、偉そうにいろいろ言っても所詮ギャグSSなのですが。
 とりあえずオフィシャル設定との多少の違いは軽く見逃しつつ楽しんでもらえると幸いです。

 あと、一応。この作品はフィクションであり、実在するいかなる団体・会社・人物とも関係ありません。
 ……いや、七つの世界の話書くときってこれ入れとかなきゃ不味いんじゃないかなー、とか思いつつ。
 

2004.11.16  右近