似非物語


 本作には『偽物語(下)』までのネタバレが若干含まれておりますというか多分大したことないネタバレですが、気にする人は原作買って読みましょう。
 アニメはテレビってことで色々自重して、登場人物がとっても真人間。
















 怪異と人間は相容れないものである。
 怪異と人間は相容れてはいけないものである。
 その二つは舞台の表と裏であり、それが混ざる事があってはいけない。それでもその二つが存在している以上、その二つが交わることぐらいはある。まあそれを無視して――と言うよりむしろ交わったことにすら気づかず生きていくのがこの世の中にいる大半の人間であり、それは決して間違ったことではない。と言うかむしろそれが正しい。
 だからまあ、僕は間違っているんだろう。だからといって自分の本質というものはおいそれと変えることなんかできるわけもなく――そもそも変える気もしないので、あちこちで呆れられたり忠告されたり脅迫されたりしても、僕は決して怪異を無視したりしないしできないだろう。それに今さら無視することのできない怪異というのも少なからず存在する。
 それは神原の左腕だったり、月火ちゃんだったり。
「のう、お前様よ」
 僕の影の中に棲む、見た目は八歳ぐらいの金髪幼女。
「そろそろ人類を滅ぼしてもよいとは思わんか」
「思わねぇよ! 何いきなり物騒なこと言い出してるんだお前!」
今俺の目の前で――まあさすがに僕の身長が高校生男子の平均より多少低いからといってそんな常識外れに小さいと言うこともないので実際には見下ろす形になっているのだが――とにかく俺の前にいる一見したところ金髪幼女だけど実は齢五百を重ねる元吸血鬼であるところの忍野忍もその一つだったりする。
「お前が朝からわめくから、しょうがなくなけなしの小遣いを握りしめて連れてきてやったって言うのに、何を突然物騒極まりないこと言い出してるんだ!」
 そう、そう言えば書いてなかったので一応書いておくと、ここは僕が住む田舎町に存在している数少ないファーストフードショップであるところの、つまりミスタードーナッツだった。しかもレジの前。幸いながらというか何というか、他に並んでいる客はおらず奥で食事している客のが一組見受けられるくらいだった。
 そんなわけで後ろに並んでる客に迷惑そうに睨みつけられながら忍と口論すると言う事態には発展していないが、店員の女性からは酷く迷惑そうに見られている。迷惑そうと言うか迷惑極まりないとは思うが。はっきりいって警察を呼ばれても文句は言えないだろう。
そして警察沙汰は勘弁というか、もし警察沙汰になったりしたらそれどころじゃない騒動が巻き起こりそうな予感がするので可及的速やかにこの状況を解決しようと思う。
「で、何だ。僕が受験勉強の合間の余暇時間を使ってお前が大好きなミスタードーナッツに連れてきてやって、しかもいつも通り勘定は全部僕持ちだっていうのに何か不満でもあるのか」
そう。言いながら考えたけど、どこをどうみても忍がここまで怒る――少なくとも人類の抹殺を企てるような出来事は起きていないはずだ。現にさっきこの店に入るときは比喩なんかじゃなくスキップ踏んで鼻歌を歌ってさえいたのだから。
「そうだよ、それにお前この前『ミスタードーナッツの存続する限りにおいて、儂は人類を滅ぼさん!』とか高らかに宣言してなかったか?」
そう、そんなことを誓っていた。ちなみにその誓いが為された場所もこの店の中だった。実際には奥の飲食スペース――ちょうど観葉植物の影になっていて余りよく見えないが、今は僕と同じ年ぐらいの女子二人が座っている席だったけど、それぐらいの差異は人類の滅亡という世界規模の問題に比べたら、誤差の範囲と切って捨てても問題あるまい。
「そうじゃな。確かに儂はあの時、お主様に誓った。過去五百年において何度も思った『人類を滅ぼそうか』という思い。それが怪異としての衝動なのか儂本人の思考なのかはさておいて、いかなる理由であろうとミスタードーナッツの存続する限りにおいて、儂は人類を滅ぼさないと誓いを立てた。今の儂はお主様がいないと生命を保つことすらできぬ矮小な存在じゃ。そんな儂が今現在の主であるお主様に誓いを立てた」
 そう、あれは誓いだった。かつて鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼――怪異殺しの怪異の王、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと呼ばれた忍が立てた誓い。その名を失い力を失いその存在を搾りかす程度しか残していない今だって――その精神は失われていない。誓いとは心と精神を元にして立てるものであり、かつてと比べてみればその精神以外のほぼ全てを失っている忍野忍にとって、それを破ると言うことは自分自身を裏切ると言うこととイコールだ。
 しかしそれを自覚しながら、それでもなおその誓いを破ろうというのなら――例え自分自身の全てを喪失したとしても人類を滅亡させようというのなら、ひとまずそのぐらいのことを聞いてみてもいいだろう。それは決して許すわけにはいかないが、それでも忍の思いに幾ばくか共感することができたなら、何らかの解決策を見出すことができるのかもしれない。
「では、話してやろう。――あれじゃ!」
 大きく息を吸い込んでから、背筋を伸ばして威風堂々と――女王が無能な人間を断罪するかのように指さしたその先には。


 特に何もなかった。


「お主の目は節穴か! その棚じゃ、陳列棚を見んか!」
 言われて棚を見るが、何を言いたいのかさっぱりわからない。新メニューが出たとかで見慣れない商品が何個かあるけどそれだけだ。
「さっぱりわかんねーぞ。もっとはっきり言ってくれ」
「ええい、役に立たんヤツじゃ。その脳のめぐりがよくなるのは妹にセクハラするときだけか!」
「コラ待ててめぇ」
 忍が思いっきり不穏当な事を喚きだしたので、思わず手を伸ばす。いくら齢五百とは言っても、現在のその肉体はあくまで八歳児である。そんなに鍛えていないと言っても高校生の腕力に逆らえるわけはないのだが、それでもその腕力の全てを駆使して僕の右腕を払いのけた。
「……無いじゃろうが」
「?」
 怒りに震え――ひょっとしたら悔しさや悲しみかも知れないが、とにかく様々な感情にその小さな身体を震わせて、忍は大きく口を開けて、叫んだ。
「ゴールデンチョコレートが、ないじゃろうが!」
 そして黙った。
 もう言うべき事は全て言ったということらしい。
 確かにもう一度注意してドーナツが並んだ棚を見てみると、たしかにあのチョコの上に何だかよくわからない黄色いものが振りかけられたドーナツがなかった。確かにあれはポン・デ・リングを抑えて忍のお気に入りメニューのナンバーワンだったと思うが――
「ちょっと待て」
「なんじゃ」
「じゃあ何か? お前はミスタードーナッツのメニューからゴールデンチョコレートがなくなったから人類を滅ぼそうと」
「ゴールデンチョコレートの作れない人類に何の存在価値がある」
「人類はゴールデンチョコレートを作るために存在してるわけじゃないよ! お前だってこの前フロッキーシューを初めて見たときなんか超ご満悦だったじゃねえか!」
『ぱないの!』とか言って。そういやあの時、この店であいつにあったんだっけ。それを考えてみると、忍と二人でこの店に来るとろくな事が起きないのかもしれない。
 忍が果たして本気で人類を滅ぼそうと思ってるのかどうかはしらないが、とにかく今日のところはとっとと何個か見繕ってテイクアウト――
「ちょっと」
「あ、騒がしくしちゃってすいません。もうすぐ出ますから」
 時既に遅しと言うかまああれだけ騒いでいて今まで何も言われなかったことの方が意外な気もするが、まあとにかく奥で食事していた女性客が文句を言いに来たので即座に謝った。
 今回は間違いなく僕が――いや実際に悪いのは忍な気がするけど、結果的には僕も一緒に騒いでいたんだから同罪だろう。とにかく素直に謝って、引き下がって貰ったらドーナツを何個か見繕ってどこか別な場所で人類の滅亡を回避するために努力しようと思っていたのだが、その女性はそんな僕を見ても全く退くことをせず言葉を続けた。
「何の誇りももなく壊れた水飲み鳥みたいにへこへこと頭をその姿は本当にお似合いで滑稽だけど、まずはその顔を上げて正面を見なさい」
 あれ、なんだろう。
 その声は酷く聞き慣れた声――というか、少なくとも僕に向かってここまで堂々と何の遠慮も良心の呵責もなく、心からの罵倒を投げかけて来る女性は一人しか知らない。と言うかそんな女性が二人もいるとか勘弁して欲しい。
 まあとにかく、僕が思ったとおりだとするのなら、ここで顔を上げないわけにはいかず。
「奇遇ですね、ガハラさん」
「本当に奇遇ね。たまたま神原と入ったミスタードーナッツに阿良々木君が来るなんて。しかも何をどうしたのか、その阿良々木君は彼女である私ではなく後輩である神原でもなく、クラスメイトの羽川さんでも二人の妹でもなく、金髪の幼女と二人きりで」
「あ、神原も一緒なんだ」
 言われて戦場ヶ原の後ろの方に目をやると、確かに神原が未だかつて無いほどキラキラと眼を輝かせてこっちを見つめてきていた。いや、正確にはこっちじゃなくて俺の隣にいる忍の方だけど。それはもう、空腹の子犬が三日ぶりに高級ドッグフードを魅せられた時みたいにその眼をキラキラと輝かせていた。
「神原、この子にドーナツを選んであげて」
「選ぶなんてとんでもない! 他ならぬ戦場ヶ原先輩と阿良々木先輩のためならば――いや、そうでなくとも忍ちゃんのような金髪美幼女のためならば、今その棚に並んでいる全てのドーナツを買い占めることすらいとわないぞ!」
 そして戦場ヶ原に言われた次の瞬間にはそう言ってレジの前に立っていた。
「さあ、何がいい? 遠慮することはない。新製品ばかりで選べないというのなら、本当に全て頼んでも構わないぞ?」
「それは本当か?」
「この神原駿河が、こと戦場ヶ原先輩と阿良々木先輩とBL小説と金髪美幼女に関して嘘偽りを言うことなど有り得ない!」
 相変わらず無駄に男らしかった。言ってることは最低というかいつもの三つに加えて最優先事項にまた一つろくでもないことが加えられていたが。
「ふむ、ならばゴールデンチョコレートを犠牲にしてまで作った新製品の味というものを確かめるまでは、人類を許してやってもいいかもしれん」
 神原駿河、世界を救う。
 見てると忍は本当に遠慮無く注文を始めたので『勘定は俺が』とか言おうと思った時には既に神原は自分財布から諭吉さんが印刷された紙幣を数枚出していた。
 一年後輩の女子だというのに、財布から諭吉さん。しかも数枚。思わずこの格差社会に嘆こうとしていると、肩をがしりと捕まれた。
「さあ、それじゃあお連れの金髪美幼女は神原に任せて阿良々木君はこちらへどうぞ。神原、阿良々木君の分もいくつか見繕ってあげて」
 そして戦場ヶ原は、上機嫌極まりない神原が了解するのを確認する時間すら惜しいとでも言うかのように、僕を半ば引きずるかのように奥へと向かう。
「えっと、でも珍しいな。戦場ヶ原がこんな時間にここにいるなんて」
「そうね」
 なんとなくそんなことを言うと、戦場ヶ原は思いの外素直に返事をしてくれた。
「一応私も受験生だし、たまには神原と外で受験勉強の真似事でもしようと思ったのよ」
 そんな答えを聞かれながら連れて行かれたその四人がけの席には、確かにドーナツや飲み物の他にテキストや参考書、それに文房具などが置かれていた。
「じゃあそこに座って」
「あ、ああ」
 戦場ヶ原に言われるままに、窓際の奥の背きに座る。そして俺が座ったことを確認すると、戦場ヶ原はまるで当然といったようにその隣に。いやまあ戦場ヶ原は僕の恋人なので当然っちゃ当然なんだけど。
「あ、あのな、戦場ヶ原。もし憶えてないなら言うんだけど、あれは――」
「忍ちゃんでしょ? 忍野さんのところにいた元吸血鬼で、今は阿良々木君の影の中に棲んでるっていう」
「ああ、そうだけど――」
「それぐらい知ってるわよ。まあ阿良々木君とあの娘の間に何があったのか詳しいことは知らないけれど、またいつものように阿良々木君が助けたのでしょうし」
 はて。さっき戦場ヶ原を見たときは、僕が見知らぬ金髪幼女と二人でこんな店に来たりしているから怒っているのかと思ったが、そうではないらしい。
 しかし、それならどうして――
「正直、いい気分はしないけれど。それに関していちいち阿良々木君を攻撃していては、いくら不死身の阿良々木君とは言っても回復が面倒でしょうし。第一私が疲れるわ」
「そりゃお気遣いどうも」
 気遣ってくれたのかどうか怪しいけど。まあ最後のはお得意のツンデレったってヤツだと思うことにしよう。
「私が言いたいのはそれじゃあなくて」
 そう言いながら戦場ヶ原は自分の鞄の中を探りつつ、神原に声をかける。
「神原。私と阿良々木くんはちょっと話すことがあるから、しばらく別な席に移ってもらえないかしら」
「了解した! 戦場ヶ原先輩と阿良々木先輩の恋人同士のつもる話が終わるまで、忍ちゃんの相手は私に任せて貰おう!」
 そして敬愛する戦場ヶ原からの依頼だけあって、神原は二つ返事でそう請け負った。
「うむ、確かに恋人同士水入らずの会話というものは大切じゃろう。少なくとも儂がドーナツを食べ終わる間はお主等に干渉しないと誓おう。思う存分語り合うと良い」
 そして忍は相も変わらず偉そうにそんなことを言っていたが、その視線は神原の持つトレイに積み上げられた――正に『積み上げられた』という表現がふさわしい、大量のドーナツに釘付けだった。
「食べ終わるまでとは水くさい。もし忍ちゃんが望むのなら、棚にある分全てと言わず、この店が今日生産できる全てのドーナツを買い占めてみせよう」
「マジか!」
 神原駿河、人類の滅亡を目論んだ吸血鬼を餌付けする。
「そんなこと言っておいて、どこぞの小僧のように、儂がまだ腹六分目にも達してないというのに『そろそろ我慢しないと俺が破産する』とか言い出すのではあるまいな」
「これはこの私も見くびられたものだ。他ならぬ阿良々木先輩の連れであり、戦場ヶ原先輩に接待を命じられ、しかもその相手がすこぶる素晴らしすぎる金髪美少女なのだ。いざとなればBL小説基金に手をつけることすら厭わない!」
 なんだその基金。いやまあ聞かなくてもわかるし聞きたくないからスルーするけどさ。
「では主様よ、儂のことは気にせず好きなだけその席で乳くりあうとよい!」
 そして忍はそんなことを言い放つ、例えではなく本当にスキップを踏みながら、この世の幸せの全てを一度に味わっているとでもいうかのような、それはもう幸福そうな神原を連れ立って、奥の席へと姿を消した。
「さて」
 そう言うと戦場ヶ原は目的の物を発見したらしく、鞄の中から文房具を一つ取りだした。
 横から見るとV字を寝かせたような――そんな形状の文房具。
 アメリカ人、B.B.Hotchkissが発明した、コの字形の針を紙に打ち込んでとじあわせるための道具。
 ステープラー。
 またの名をホッチキス。 そして戦場ヶ原は、思い出のホッチキスを――僕の記憶に間違いがなければ、ゴールデンウィーク明けに僕の口の中に入っていたものと同じホッチキスをその手に持ち、にっこりと微笑みながらそう言った。
「さっきあの子が言っていたわね。『その脳のめぐりがよくなるのは妹にセクハラするときだけか!』とかなんとか」
 そう言って、戦場ヶ原はその手に持ったホッチキスを一度がちゃんと閉じる。
 ホッチキスにはしっかり針が装填してあるようで、閉じられた状態の針が一つ床に落ち――
「さあ。あの子が言っていたとおり、恋人同士でゆっくりねっちりざっくり乳繰り合いましょう」
 そう言って、とても幸せそうににっこりと微笑んだ。








 とりあえず、BL基金を切り崩してまで胃袋を思う存分満足させた忍に血を吸って貰ってからミスタードーナッツを出たことだけは記しておこうと思う。
 あと、次の休日に戦場ヶ原を我が家に連れて行くことを約束させられて、結果的に色々あった末にヴァルハラコンビvsファイヤーシスターズという恐ろしすぎる世紀のマッチメークがなされたことについては忘れたい。







後書きとおぼしきもの


 ミスドに行ったらゴールデンチョコレートが無くなっていたので書いた。後悔はしていない。
 まあ元々はmixiで書いたネタだったのですが、アニメも終わったしコメンタリ聞いて吹いたしweb拍手で「戯言SSの続きは書かないんですか?」とか聞かれたしと言うことで、若干オチとか修正して公開。
 切っ掛けがゴールデンチョコレートなので阿良々木くんと絡んでるのは忍が多目ですが、書きたいのは神原です。爽やかなド変態っていいよね。
 

2009.10.14 右近