忍、ケーブルテレビにはまるの話

 月村家にケーブルテレビが導入された。
 この前、忍とノエルを連れて高町家に帰った時に高町家に導入されており、それを見て忍が偉く気に入り、翌日には月村家にも導入された。
「どうしても見たい番組があったのー♪」
 忍の喜びようをみると本当に見たかったのだろうとは思うが、それでもちょっと凄いスピードな気がする。
「DVDレコーダーも買ったのー♪」
 言われてみると、忍の部屋にある大型モニターには見慣れない機械がつながっていた。
 勢いの付いた金持ちほど止められない物はないな。本当に。
「あー。それで忍、すまないんだが」
「うん、美由希ちゃんと山篭もりでしょ?」
「一週間ぐらいで帰る予定ではあるが」
「うん、がんばってねー♪」
 ちょっと前に話した時には「ついていく」と言っていたのだが、いまはご機嫌なので無理を言う気はないらしい。
 ピクニックに行くのなら皆で行きたいが、美由希との山篭もりはあくまで『修行』なのであまり人がいても良くない。
 まあ、少し寂しい気もしたが、助かることは助かるので次の日の早朝、ひっそりと出発した。


      一週間後


「じゃあここで」
「ああ。今日明日はゆっくり休め」
「うん!」
 山篭もりを終え、、町に戻ってきた所で美由希とそう言って別れた。
 最近は美由希の腕もかなりの物になってきたので、なかなか充実した訓練ができた。
 しかしその分疲労もたまっているので、休養はとらなければいけない。休養も訓練のうちだ。
「さて、と」
 美由希を見送った後、俺も月村家に戻ることにした。
 風芽台を卒業するのとほぼ同時に忍と同棲を始め、半年を過ぎた最近になって『我が家』という実感が湧いてきた家に戻ると、門の所には……
「珍しいな」
「なによ、不満?」
 忍が待っていた。
 しかも、何故だかわからないが両手を腰に当て、胸をはって。
「いや、不満なことはないが……いつもだったらノエル一人か、忍がいる時だってノエルと一緒だったじゃないか」
「ふふーん、ちょっとノエルには待機してもらってるのよ」
「……待機?」
「それより恭也、今時間ある?」
「いや……」
 さすがに今朝まで訓練していたので休みたい気はするのだが。
「……ダメ?」
 そんな瞳で見つめられて、断れるわけはない。
「わかった。で、なんだ?」
「ノエルを再調整したから、また調子を見てもらおうかと」
「模擬戦か?」
「うん。……ダメ?」
「わかったからそんな顔するなって。準備もあるから30分ぐらいやすませてくれ」
「うんっ!」
本当に嬉しそうに笑顔を浮かべる忍を見て、俺は『惚れた弱み』という言葉を実感していた。


 きっかり30分後、一休みした後に装備一式を身につけて庭に出ると、そこには忍とノエルが待ち構えていた。
「さあ、勝負よ恭也!」
「いや、それはかまわんのだが」
「何?」
「その赤いのは何だ」
 そう。ノエルの背中には真っ赤な翼がついていた。
 フィアッセとかみたいな天使の翼ではなく、どっちかというと飛行機の翼。
 しかもなんか無駄に鋭い。

「何ってジェットスクランダー」

 おおぞらはばたくくれないのつーばーさー♪

 ぽかり

「痛い。何するのよ恭也―」
「何を考えてるんだお前は」
「だって恭也が『神速』使うとノエルも敵わないし」
「それで?」
「『俺なら高町恭也を空から攻めるぜ』ということで」

 ぽかり

「いーたーいー」
「いいから直せ! ノエルをなんだと思っているのか!」
「くすん、くすん」
「恭也様、わたしは忍お嬢様がお望みならばそれで」
「ノエルも忍をそう甘やかさない!」
 俺に叱られた忍が少し悲しそうにノエルからジェットスクランダーを外す。
 着脱式らしく、すぐに外れた。
「まったく。こんなものどうして思い付いたんだか」
「ケーブルテレビでやってたの」
 ……『どうしても見たい番組』ってそれか。
「他には何もつけてないだろうな」
 俺の言葉を聞き、忍がびくっと反応する。
「あるのか」
「実は後一つ」
「今度は何だ?」
「怒らない?」
 さっき殴ったのが尾を引いているのか、少し涙ぐみながらそう聞き返してきた。
 その顔をされると弱い。
「……正直に言えば怒らない」
「本当?」
「ああ、本当だから言ってみろ」

 優しくそう言うと、忍は元気を取り戻して口を開く。
「ノエルの主武装はブレードで、副武装としてロケットパンチを装備してるの」
「ああ、知ってる」
「でも、ロケットパンチはその機構上、発射してしまうとその腕と、そこに装着されているブレードも使用できなくなるの」
「ああ、それも知ってる」
 ワイヤーによる巻取りが可能とはいえ、タイムロスは否めない。一瞬を争う戦闘時にそれは命取りになりうる。
「そこで、遠距離用の武装を増やそうと思ったの。できることなら、ブレードを使用しながら発射できる物を」
「それで?」
「そう、女性形ロボットの基本装備といえばこれしかなかったわ。あの伝説のおっぱいミサ」

ごめす

「痛いー! 恭也、本気でぶったー!」
「そりゃ殴りもするわっ! 何を考えてるんだお前は!」
「怒らないって言ったのにー!」
「物事には限度があるわっ!」
「ひーん」
「恭也様、わたしは忍お嬢様がお望みならばそれで」
「だからノエルは忍をそう甘やかさない!」


 ぐしぐしと泣きじゃくる忍を情け容赦なく工房に連れて行き、ノエルが普段通りのノエルに戻ったのは三日後の話だった。



 おまけ

『チェーンジゲッター1! スイッチ、オォン!!!』
「変形ってのもいいなー」
忍の野望は留まることを知らない。

初出:2002.11.07  右近