子供の教育

 最近、若葉が生傷を作ってくることが多い。
「どうしたんだ、若葉?」
「クラスの男子がみっちゃんにいじわるしてたの」
「で?」
「注意したら『女のくせになまいきだ』とかいうからじつりょくこうしにうったえたの」
「あー……」
 なぜだろう、その光景がありありと目に浮かぶ。

「やめなさいよ、あんたたち」
「うるさい、女のくせに生意気だぞー!!」

 なぜだろう、男子相手なのに若葉が負けたところを想像できない。
 そんなことを考えていると、若葉は胸を張って得意げに言い放った。
「3しょう0はい1ひきわけ」
「引き分け?」
「とちゅうで先生にとめられたの」
「あー、まあ何て言うかなー」
 我が子に対してなんと声をかけるべきかと悩んでいると、青葉が若葉の前にかがみこんで優しい声で言って聞かせる。
「いい、若葉。あなたは女性なのだから、体にあんまり傷を作っちゃダメ」
「でも……」
 うつむく若葉の前で、青葉はにっこりと母の顔で言葉を続ける。
「納得行かない場合は、まず口で言い負かしなさい。あなたはこの私の娘なのだからガキの一人や二人黙らせるのは児戯にも等しいはず」
「いや、それもどうかと」
 愛娘の人格形成において重要そうな問題なので口をはさんだ。
 っていうか青葉みたいに口が悪くなっても
「何か問題が?」
「いえ。何でもございません、奥様」
 心の中で思うことすら許されない。
 娘の人格形成の前に、自分の家庭内での地位の形成が急務な気がしてきた。
「でも、あいてがきく耳もたなかったらどうすればいいのの?」
「そんな時にはこれを」

 スッパァン!!!!

「司、痛いわ」
「子供のけんかに何を持たせる気だ」
「高屋敷家の闘争と言えばやはりボウガン」
「死ぬわっ!!!」
「じゃあなに?司は自分の子供に丸腰で死地に赴けと」
「いやだから、子供の喧嘩だろうが……」
 まだ不服そうな青葉をよそに、若葉の前にかがみこむ。
「若葉。父さんも昔はよく喧嘩したもんだ」
「お父さんも?」
「ああ。だからお前の気持ちもちょっとはわかる。だから喧嘩するなとは言わない。『どうしても』って時以外はまず話し合え」
「……『どうしても』っていうばあいは?」
 不安そうに聞いてくる若葉に対して、にっこりと笑いながら返事をする。
「そんな時は遠慮するな。ちょっとぐらいの怪我ならお父さんが謝りに行くから、思う存分喧嘩して来い」
「うんっ!!」
 若葉はとても嬉しそうにうなずいた。



 そして3日後、学校から呼び出しを受けた。
 若葉の喧嘩相手がPTA会長の息子だかなんだかだったらしい。非常にベタな展開ではあるが。
「ごめんなさい……」
「何言ってるんだ若葉。お前は友達を助けるために喧嘩したんだろ?」
「でも……」
「若葉、あなたは間違ったことはしていないわ。だからあとはお父さんとお母さんの仕事なの」
 申し訳無さそうな若葉の前で、青葉は優しく、でもどこか決意したような表情で微笑んだ。
「しかし青葉、本当に一人で大丈夫なのか?」
「向こうも母親が来ているだけという話だし、揃って行くのもおかしいでしょう?」
「しかし……」
「何を心配しているのかしら」
 昔懐かしい黒い服を着て、いつもの自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
「この高屋敷青葉、その気になれば勘違いしたババァの一人や二人始末するのは容易いこと」
「始末するなっ!!」
 不安だ。激しく不安だ。
「じゃあ何? 司はわが子に因縁つけられても大人しく従えと!?」
「いやだから、話し合えよ……」
「ふん、司も丸くなったものね」
「お前が全く変わらなすぎだっ!!」
 最近、性格丸くなったかと思ったがそうでもないらしい。
 味方には心を開くが、敵には一切容赦をしない。
 さすがは黒衣の魔女と(俺の心の中で)呼ばれた高屋敷青葉。
「あらもうこんな時間。じゃあ司、行ってきます」
「ああ。よろしく頼む」
 そして俺は自分の妻と娘を送り出す。
「でもとりあえずボウガンとペインティングナイフとテレピン油は没収」
「ちっ」
 自分の妻と争う人間の生命を案じつつ。




 追記:一週間後、PTA会長が別の人間に替わって若葉のクラスが一人減ったらしい。
     いや、転校してっただけなんだけど。


「他愛もない」
 そもそも青葉と口論して勝てる人間が地球上に存在するとは思えんが。
「お母さん、かっこいー」
「憧れるなっ!」

初出:2003.11.14  右近